契約外の初夜で、女嫌い弁護士は独占愛を解き放つ~ママになっても愛し尽くされています~

「那湖」
(えっ……?)


 驚きすぎて声にならなかったものが、私の頭の中で泡のように消えていく。
 困惑する私のすぐ隣に立った櫻庭さんは、ごく自然に私の肩を抱き寄せた。


浅間(あさま)さん、紹介させてください。私の婚約者の那湖です。もうすぐ籍も入れる予定ですので、申し訳ございませんがお見合いはお受けできません」


 予想もしなかった言葉に、思わず顔を上げて彼を見てしまう。


「悪い、合わせてくれ」


 すると、櫻庭さんがパニックになっている私にそっと耳打ちした。
 程なくして、彼は私が抱きしめていた封筒に視線を移すと、私の手からそれを抜き取った。


「今日は忘れ物を届けてもらったんですが、浅間さんにご紹介できてよかったです」


 にこやかに話す櫻庭さんは、私が知っている普段の彼じゃない。
 私の肩を抱いていた骨ばった手が流れるように腰に移動し、グッと引き寄せられる。
 当然のごとく密着した体に、意識のすべてが持っていかれる。
 鼓動が大きく跳ねた私に反し、彼は余裕の微笑を湛えていた。


 私がどう見えているのかはともかく、櫻庭さんの態度は恋人を大事にしている男性のそれだろう。
 だって、彼の表情も手も優しくて、まるで私を好きだと言っているようなのだ。
『浅間さん』と呼ばれた男性は、顔に驚きを浮かべたあとで残念そうに眉を下げた。


「那湖」


 低い声で再び名前を呼ばれて、さらにドキドキしてしまう。
 櫻庭さんの目が挨拶を促していることに気づき、喉に張りつきそうな声を必死に絞り出した。