あんなにも大きかった雨音が、さきほどよりもずっと遠くで聞こえる。
　まるで、さりげなく流れるカフェのＢＧＭみたい。
　雨が窓を叩く音よりもふたり分の息遣いの方が、私の耳には鮮明に届いていた。


　私——辻山那湖(つじやまなこ)の視界を占めているのは、顔のすべてのパーツが美しく整った顔。
　左右対称の、切れ長の奥二重。
　何者にも揺るがないような意志の強さを感じさせる、凛々しい眉。
　精巧にあつらえられた美術品のような、スッと通った鼻梁。
　そんな彼——櫻庭侑李(さくらばゆうり)さんの双眸は、ただただ真っ直ぐに私を見つめていた。


　あまりにも真剣な瞳に、心ごと捕らわれていく気がする。
　意識ははっきりしているのに、少し前から一歩も動けなかった。
　大きな戸惑いの中で、自分の拍動がどんどん速まっていることだけはやけに鮮明にわかる。


「あ、の……私……」
「黙って」


　たしなめるような静かな声が落とされた直後、彼の顔がゆっくりと近づいてきた。
　無意識に、息を呑んでしまう。
　数瞬先の未来を予想した時には、私の唇に温かいものが触れた。
　優しいキスだったのに、少しだけ強く押しつけられた感覚から微かな雄の気配が漏れていた。