進路指導室で、愛を叫んで

 有無を言わせない母さんに頷いて、先輩と一緒に家に向かう。


「こっち……どうぞ」


 先輩は俺の手を握ったまま玄関を上がる。

 ……女の子の家に上がるの初めてだ。


「お、お邪魔しまーす……」


 階段を上がって、手前の部屋の扉を先輩が開ける。

 あ、これ先輩の部屋か。

 ……入らない方が……いいのかな?

 でも手は握られたままで、そのまま部屋に入ってしまう。


「……いい匂いがする」

「えっ」

「あっ……すみません、つい本音が出ちゃって……!」

「ふふっ、いいよ。少し待っててね」


 先輩の手が離れていった。

 ど真ん中にいても邪魔だから、そっと後ずさって、扉の前に立つ。

 あんまりじろじろみるのも……でも、つい見てしまう。

 そんなに物は多くなくて、すっきり片付いた部屋だ。

 たった十分ほどで、先輩は旅行カバンに荷物を詰め終えた。

 入れていたのは、着替えと数冊の本だけ。


「……持ちます」

「自分で持てるよ」

「持たせてください。そのためについてきたんですし、手ぶらだと母に叱られますから」

「じゃあ、お願い。ありがとう、須藤くん」


 先輩の顔がやっと少しだけ笑ってくれた。

 手を伸ばしかけて止めたら、先輩の手がそれを掴んで、歩き出す。

 俺はなんだか飼い主のあとをついていく犬みたいで。

 ……でも、先輩の番犬になれるなら、それはそれで悪くないかもって思ってしまうあたり、自分でもちょっと末期かもしれない。



 花屋に戻ると、母さんが相変わらずの無表情で花を見ていた。

 何を考えてるのか全然わからなくて、怖い。


「……戻りました」

「早かったわね。……それだけ? 桐子さん、小春が全部持ちますから、必要なものは何でも持ってきて構いませんよ」


 先輩は小さく首を横に振った。


「いえ、そもそも私あんまりものを持ってないんです」

「先輩、卒業アルバムは?」


 ふと気づいて聞くと、おばさんの肩が跳ねた。

 先輩は気まずそうに苦笑している。


「……ないの。気にしないで」

「小春」

「……うん。じゃあ先輩、これからたくさん写真撮りましょう。ひと月でアルバムが埋まるくらい、先輩の写真をいっぱい撮りますから。運動会とか文化祭のときの先輩の写真も、焼き増しします」

「ありがとう、須藤くん」