「ただいまー、母さんいるー?」
「おかえり、小春。……その子、藤宮さんとこのお嬢さんじゃないの」
家の前に自転車を止めて、花屋のプレハブに顔を出す。
店内を掃いていた母親は怪訝な顔で箒を置いた。
「この人、俺の嫁にして花屋やってもらおうと思ってるんだけど、いい?」
「順番に話してちょうだい」
「えっとね……」
一通り話すと、母親は眉間にシワを寄せた。
「わかったわ。藤宮桐子さん、バカ息子が突然ごめんなさいね。こっちに座って。小春、お父さん呼んできて。たぶん納屋にいると思うから」
「へいへい」
プレハブを飛び出して親父を探す。
納屋にいた親父に事情を話しながら、一緒に戻った。
「……お前も思い切ったことするなあ。まあ、いいけどさ」
「いいんだ?」
「嫁がいれば分家を黙らせやすいのは確かだ。ただ、嫁が気に入られなきゃ、分家や兄貴……冬一郎の当たりは強くなる。お前じゃなくて、藤宮さんに向けてな」
正直、そこまで考えてなかった。
もし兄貴が藤宮先輩に強く当たったら。
姉達はどうだろう。
秋絵姉はもう結婚して家を出ているから、いいけど、夏葉姉は?
今はうちの経理や事務を母に教わっている。
少し前に見合いしてて、たぶん一年以内には嫁ぐ予定らしいけど。
「兄貴が先輩に何か言ったら、殴ってもいい? 姉さんたちは……」
「ただでさえ冬一郎とお前は揉めてるんだから、手なんか出したら、嫌な思いするのは藤宮さんだぞ。秋絵と夏葉のことは知らんけど、俺は少なくとも、嫁いびりする娘には育てたつもりない」
そんな話をしながら、親父とプレハブに戻るとちょうど夏葉姉が入ろうとしたところだった。
中を覗いた夏葉姉が顔をしかめて、俺を見た。
「小春、なに女の子泣かしてんの」
「お、俺が泣かしたわけじゃ……」
「じゃあ慰めることもできない甲斐性なしってことね」
「ぐっ、否定できない……」
「お前たち、うるさいよ」
母さんの鋭い声に、姉と二人でびくっとして口をつぐんだ。
「あなた。こちらが藤宮さんのお嬢さんです」
「おう。小春から話は聞いた。どうすんだ、その子」
「うちの子にします。この子が真面目に働くのは知っています。市場でも見かけましたし、地域の集まりでも、きちんと動いていましたから」
「そうかい。家への連絡は?」
「今から、私が直接伺います。夏葉、店は任せました。小春、ついてきなさい。桐子さんも……先に、手当が必要ね」
あっという間に両親は話をまとめてしまった。
……まとめたというか、母さんが決めて通達したというか……。
母さんがエプロンのポケットからハンドクリームを出してきた。
「俺がやる」
ハンドクリームを受け取って、蓋を開ける。
パイプ椅子に座る先輩の前に跪いた。
「先輩。手にハンドクリーム、塗らせてもらっていいですか?」
先輩はまだ顔に涙の跡は残ってるし、目も赤いけど、表情は落ち着いている。
でも、俺と目があうと、また顔がくしゃっと歪んでしまった。
「えっ、あの……嫌でしたか?」
「う、ううん、嫌じゃなくて……あの、お願いします……」
蓋を開けて、先輩の手にそっと塗っていく。
冷たくて、カサカサの小さな手に、体温を移すように、ゆっくりゆっくり塗っていく。
「……ねえ、弟がいちゃついてるの、見てなきゃダメ?」
「店のことをしてていいだろ。俺も仕事に戻る」
外野がうるせえ。
ひととおり塗りおえてから、ハンドクリームを片付けて先輩の手を引く。
母さんが車を出してくれたので、先輩を先に乗せる。
俺も隣に座って先輩の手を握った。
「おかえり、小春。……その子、藤宮さんとこのお嬢さんじゃないの」
家の前に自転車を止めて、花屋のプレハブに顔を出す。
店内を掃いていた母親は怪訝な顔で箒を置いた。
「この人、俺の嫁にして花屋やってもらおうと思ってるんだけど、いい?」
「順番に話してちょうだい」
「えっとね……」
一通り話すと、母親は眉間にシワを寄せた。
「わかったわ。藤宮桐子さん、バカ息子が突然ごめんなさいね。こっちに座って。小春、お父さん呼んできて。たぶん納屋にいると思うから」
「へいへい」
プレハブを飛び出して親父を探す。
納屋にいた親父に事情を話しながら、一緒に戻った。
「……お前も思い切ったことするなあ。まあ、いいけどさ」
「いいんだ?」
「嫁がいれば分家を黙らせやすいのは確かだ。ただ、嫁が気に入られなきゃ、分家や兄貴……冬一郎の当たりは強くなる。お前じゃなくて、藤宮さんに向けてな」
正直、そこまで考えてなかった。
もし兄貴が藤宮先輩に強く当たったら。
姉達はどうだろう。
秋絵姉はもう結婚して家を出ているから、いいけど、夏葉姉は?
今はうちの経理や事務を母に教わっている。
少し前に見合いしてて、たぶん一年以内には嫁ぐ予定らしいけど。
「兄貴が先輩に何か言ったら、殴ってもいい? 姉さんたちは……」
「ただでさえ冬一郎とお前は揉めてるんだから、手なんか出したら、嫌な思いするのは藤宮さんだぞ。秋絵と夏葉のことは知らんけど、俺は少なくとも、嫁いびりする娘には育てたつもりない」
そんな話をしながら、親父とプレハブに戻るとちょうど夏葉姉が入ろうとしたところだった。
中を覗いた夏葉姉が顔をしかめて、俺を見た。
「小春、なに女の子泣かしてんの」
「お、俺が泣かしたわけじゃ……」
「じゃあ慰めることもできない甲斐性なしってことね」
「ぐっ、否定できない……」
「お前たち、うるさいよ」
母さんの鋭い声に、姉と二人でびくっとして口をつぐんだ。
「あなた。こちらが藤宮さんのお嬢さんです」
「おう。小春から話は聞いた。どうすんだ、その子」
「うちの子にします。この子が真面目に働くのは知っています。市場でも見かけましたし、地域の集まりでも、きちんと動いていましたから」
「そうかい。家への連絡は?」
「今から、私が直接伺います。夏葉、店は任せました。小春、ついてきなさい。桐子さんも……先に、手当が必要ね」
あっという間に両親は話をまとめてしまった。
……まとめたというか、母さんが決めて通達したというか……。
母さんがエプロンのポケットからハンドクリームを出してきた。
「俺がやる」
ハンドクリームを受け取って、蓋を開ける。
パイプ椅子に座る先輩の前に跪いた。
「先輩。手にハンドクリーム、塗らせてもらっていいですか?」
先輩はまだ顔に涙の跡は残ってるし、目も赤いけど、表情は落ち着いている。
でも、俺と目があうと、また顔がくしゃっと歪んでしまった。
「えっ、あの……嫌でしたか?」
「う、ううん、嫌じゃなくて……あの、お願いします……」
蓋を開けて、先輩の手にそっと塗っていく。
冷たくて、カサカサの小さな手に、体温を移すように、ゆっくりゆっくり塗っていく。
「……ねえ、弟がいちゃついてるの、見てなきゃダメ?」
「店のことをしてていいだろ。俺も仕事に戻る」
外野がうるせえ。
ひととおり塗りおえてから、ハンドクリームを片付けて先輩の手を引く。
母さんが車を出してくれたので、先輩を先に乗せる。
俺も隣に座って先輩の手を握った。



