FF〜私があなたについた嘘〜


 合宿所、ホール
 指揮台の松本視線。ホールの中に放射線上に楽器を持っている部員達。左手が出入り口、右手にはグランドピアノとトイレがある。

松本「本日の合奏はおしまいです、お疲れ様でした!」
全員「お疲れ様でした!」
松本「このあとの予定を、合宿係。お願いします」
合宿係「二十二時以降はホール以外は音出し禁止です!」
モブ「でも、ホールでの音出しも二十四時まで。……という事は。起床時間までは飲み会タイムだっ」
全員「わぁ!」

ト書き
 食堂で全員、おつまみと飲み物をテーブルに置き、会話に興じている。

モノローグ:誌香
 十八歳から大丈夫な健全飲み会とR20に別れるのは、大抵三時か四時ごろ。今の時間は、皆で一緒くたになって、飲んで遊んでいる。

ト書き
 トランプを配られた

モノローグ:誌香
 誰かが、王様ゲームをやりだし、勝手に番号札が配られていた。

モブ「王様の命令は~、ハートの五番とスペードのエースのポッキーゲームだあああっ」
全員「うわああ!」

ト書き
 沸く部員達の中で、こっそろ誌香は自分のカードを見て、固まった
 ブンブンが嬉しそうに私のカードを覗き込んで来て、はしゃいだ声を出した。

ブンブン「あ、ふーちゃんっ! ハートの5番だねっ」
誌香(小言)「やりますよ。場を盛り上げるのも、執行部のお仕事です」

ト書き
 誌香立ち上がり、カードをかざして呼ばわる

誌香「無駄な抵抗はやめて、でてこい!」

ト書き
 誌香はスペードのエースの主を探した。松本が王様からポッキーを受け取って、誌香に近づいてきた。

ト書き
 誌香、ときめく。目がおよいでいるが、表面上冷静に見える

モノローグ:誌香
 嘘、嘘ぉ! こっ、これは……! 合法的に松本とちゅー出来るチャンスっ! 神様、ありがとう! 私、今年分のラッキ―、全部使ってしまったかもしれない。
 でも、悔いなし! 

ト書き
 松本と誌香、皆の中心に向かい合って立つ
 周囲、やんややんやの喝采

モノローグ:誌香
 あとは、ぶっちゅー出来るように、慎重に進めねば。

全員「kiss、kiss!」

ト書き
 薄い膜の中にいるような松本と誌香

モノローグ:誌香
 まわりの声は頭の中を通過もしない。

ト書き
 誌香は松本を見つめている

モノローグ:誌香
 私は眼の前の松本に集中しまくっていた。

ト書き
 松本がポッキーを咥えた。やおら誌香の肩を掴んで、ぐいと抱き寄せた。

全員「おおおー」

ト書き
 松本は噛むことなく、ぐいぐいとポッキーを呑み込むようにして距離を縮めてきた。

ト書き
 松本のドアップ

モノローグ:誌香
 睫が長いなあ。
 綺麗な瞳。あ、お肌きれー。唇と唇が触れ合うまで、あと一cm。

ト書き
 松本の唇から漏れる息が誌香にかかる

モノローグ:誌香
 キスを期待していた癖に、私は焦った。
 え、本気?
 だって、松本。好きな子いるんでしょう……。

誌香「ダメっ」

 私が松本とキスしちゃ、駄目。
 お互いの体温も感じとれるようになった時、私の前歯がポッキーをかみ砕いた。

ト書き
 松本と誌香、もう少しで触れる、というときに誌香が逃げた

全員「あああぁー」
是認「残念!」

ト書き
 真っ赤になっているであろう顔を冷やすべく、誌香は洗面所へと駆け込んだ

全員「ダ・ス・ケ! ほらっ、ダ・ス・ケ!」

ト書き
 数秒の間

全員「おおっ」

モノローグ:誌香
 言う声が聞こえるのは、松本が得意の炭酸水一気でもしたのかもしれない

ト書き
 洗面所でトキメキが治らない誌香
 彼女はドキドキしながら、松本の顔を想いだしていた。

モノローグ:誌香
 私をずっと見つめていた瞳。すっと通った鼻筋。全体的に細い癖して、そこだけふっくらとしていた唇。

誌香「あああっ、私! どうしてしくじったあー!」

ト書き
 頭をかきむしる誌香、悔やむ

モノローグ:誌香
 千載一遇のチャンスだったのに。王様にワイロでも渡さない限り、こんな機会には二度と恵まれないだろう。

誌香「こういう処に、運の悪さが出るよねー……」

ト書き
 誌香、大きなため息を吐き出す
 
誌香「キスしたかったなあ……宴会芸だったから、万が一キスしちゃっても、誰にもなんとも思われなかったのに」

モノローグ:誌香
 松本だって、する気満々みたいだった。ぐいぐい来るとは思わなくて、びびった。男って、キスするの誰でもいいのかな……。

ト書き
 流水で手を冷やしては、熱いホッペにてちてちあてる誌香

ト書き
 しばらく経ってから、誌香は鏡をみた

誌香「もう、いいかな」

ト書き
 鏡を見て、赤味が減ったのを確認して、宴会場へと戻った。

モブ「おー! ハートの5番が戻ってきたぞぉ~!」
誌香「まだ続いてたんかい!」

ト書き
 しかも一層の盛り上がりを見せている。
 松本が真っ赤な貌をしていた。
 誌香は彼を見てギョッとする

モノローグ:誌香
 まさか飲んだのだろうか。一体、なん杯飲んだんだ。
 私が立ちすくんでいても、コールは終わらない。

誌香「しつこいよ、チミタチ」

ト書き
 誌香の文句を全員無視

全員「ほらデカフジっ、ほら、ダ・ス・ケっ!」

ト書き
 松本が表面張力しているコップを渡してきた。
 誌香仕方なし、受け取る。
 と、直角に曲げた誌香の腕の中に、松本が腕を交叉してきた。

誌香「……何、これ」

ト書き
 誌香、ドキドキしてしまう。
 松本がじっと私を見つめたまま、自分のコップに唇をつける。

誌香「……ウーロン茶だ」

 仕方なく、誌香もコップに口をつけた。
 松本は眼を逸らしさないまま、一気にコップの中身を煽った。

誌香「一気はいけないんだよー」

ト書き
 誌香も素直に傾けた。
 頑張ったけど、松本には敵わない。飲み終わると松本は、レフェリーよろしく誌香の手首を掴んで掲げて見せた。

松本「だーっ」

ト書き
 松本の雄たけびに、メンバーがまた一段と騒いだ。

モノローグ:誌香
 い、いちいち触らないでよっ、心臓が飛び出しちゃうでしょうが! 勿論。そんな事を悟らせるほど、素人ではありません。

 ――あくまでも、当社比、だけど。