ヒトの恐怖は蜜の味

 一回り大きくなった影が口々に言った。

「拷問しよう」
「もっと魔力を」

悪魔たちは酔っぱらったように目の色を変え、手を伸ばしてゆずを求めた。魔法陣を踏まない距離だった円はどんどん近づいて来る。オオカミ男に羽交い締めされたゆずは震えながら見守ることしかできない。

「いや、ゆるして、なんでもする、から」
「お前に選択肢は無いよ」

ヘビ男が瞼に触れると、ゆずの視界に闇が降りた。

「なにも、見えない」
「紋章の力で視覚は封じたよ」

オオカミ男による羽交い締めがとかれ、そのまま丁寧に抱き上げられる。足音から、部屋を出たことと、見物の衆がぞろぞろと付いて来たことが分かった。

 震えるゆずを先頭に、行列はしばらく地下を移動した。

「ほら、触ってごらん。何だと思う?」

ゆずの手を掴んでヘビ男が言った。

「……」
「痛みが欲しいか?」
「っ!! 鉄の、壁……」
「そう。ここは地下牢」

キィィィと大きな扉が軋む音がして、湿った風が顔に当たった。

「ほら、視覚を返してやろう」
「ここは……」

松明の灯が壁一面の拷問器具を照らした。地下にしては天井が高く、30人程度の見物人が余裕で入れるここは、どこからどう見ても拷問部屋だ。思わずオオカミ男の胸に縋りつくと、吐息と共に爪を立てられる。

「ここの拷問器具を全て使うわけではない。ニンゲンに使うと死んでしまうだろうからな。……決して楽には死なせない。奴隷紋を有効活用しよう」

ヘビ男が、声すら上げられないゆずの胸元に触れた。奴隷紋が淡く輝く。

「……ほれ、お前に許された感情は恐怖のみだ」
「なっ……」
「気を緩めるなよ。安心すれば痛みが走るようにした」

天井からぶら下がる枷に、両手首を戒められる。ゆずの身体は宙に浮いていた。

「しばらくは発動しないだろうな。なんせ、今から鞭打ちだ」
「むち……うち……」

平和に暮らしていたゆずでも鞭程度ならば知っている。これから自分が痛みを与えられると、想像が着いた。

「ああ……良い魔力だ」
「ぎゃあああああ」

想像よりも強い痛みが襲った。ゆずは知らなかったが、革紐を使った一条鞭は鞭の中でも飛び抜けて破壊力を持っているのだ。それが悪魔の腕力で振るわれている。一撃でセーラー服と皮膚を割き、骨を殴った。

「うるさいな。声を封じよう」
「かはっ……っ!! ふぐっ!?」

それからしばらく、地下牢は鞭が振るわれる音と掠れた呻き声だけが響いていた。

 白いセーラー服の背が赤く染まった頃、その音がやんだ。吊るされたゆずの身体は力無くうなだれている。

「声を戻してやったぞ」
「……ゃめ……」

声にならなかった悲鳴で喉は潰れ、涙腺が壊れたように涙が溢れ続けている。

「意識が途切れかけている。ニンゲンは脆いな。水を持って来い」

ヘビ男はゆずの身体を慎重に降ろし、傷の具合を確認した。

「ニンゲンの皮膚はこれほどまでに薄いのか。鞭打ちだけで死にそうだ。おい、ニンゲン」
「……ゃ……」
「やれ」

オオカミ男がゆずの短いポニーテールを掴み、桶の水に頭を押し込んだ。

「がぼっ……がはっ」

突然気道に入ってきた水に驚き、ゆずの意識が浮上する。

「ごぼっ……」
「あと3、2、1……上げろ」
「げほっ……はぁっはぁっ……げほげほっ……」

大きく呼吸をするたびに背中が痛む。

「次」

ヘビ男の指示により、息を整えきれていないゆずは再び水の中へ。

「ごぽごぽ……」
「5、4、3、2……1、上げろ」
「げほ、ひゅっ……おぇ……かひゅ……げほっげほげほっ」
「次」

水を必死に吐き出すゆずを見下ろし、ヘビ男がまた指示を出す。これは、ゆずが手足をばたつかせなくなるまで続いた。

「ニンゲン、生きているな? ……反応が鈍いな」

ヘビ男はぐったりしているゆずに手をかざした。

「っあああああ」

奴隷の首輪が痛みを与える。ゆずに休みは無かった。

「ゃめ……いや、ゆるして……」
「ああ……なんとか弱いことか」

ニンゲンのか弱さに堪らなくなり、ヘビ男はゆずの右脚を踏みつけた。ゆずの身体をボキッと嫌な音が駆け抜ける。

「ぎゃあああああ」

痛みにしばらく転げ回っていたゆずだが、命の危機を感じ、本能で這って逃げようとした。その光景に、その場の全員が息を飲む。

「逃げようとしているのか?」
「あんな、軽く踏んだだけで折れる脚で?」
「逃げられると思っているのか?」
「ああなんと愚か」
「愛らしい。愛らしい」
「もっと」
「もっと」
「もっと」

悪魔は人間を害する。のではなく、彼らなりに愛でた結果、拷問に繋がることがある。可愛くて可愛くて。大切に大切に可愛がった結果、暴力的になってしまう。暴力に怯える様が愛らしく、さらに痛めつけてしまう。先程まで魔力を搾り取る手段に過ぎなかった拷問が、この瞬間、目的に変わった。ヘビ男も、補助のオオカミ男も、見物の衆までもが。

「針を飲ませてみよう」
「それでは死んでしまう」
「ああなんとか弱い」
「息を止めたい」
「必死に呼吸をする姿が可愛かった」
「あんな鎖すらちぎれないなんて、力が弱すぎる」
「可哀想に。ああ可愛い」
「ああ守ってやりたい」
「抱き締めたい」
「そして何より」
「壊したい」

そんな言葉を聞きながら、ゆずは必死に這っていた。出口までに見物の衆が立っているが、それでも出口に近づかなければならなかった。本能が警笛を鳴らしていた。その後ろをヘビ男が歩いていた。ゆっくり、ゆずに合わせて移動する。まるで赤子でも眺めているように優しい目で。

「っ……ぅ……」

ゆずの恐怖は、魔力を通じてこの場の誰もが理解していた。少し小突いて水遊びをしただけでここまで怯えるとは。誰もがこのニンゲンに惹かれていた。

「だれか……たす、けて……」
「そこまでだよ」

ゆずの手を誰かが握った。

「もー……僕の監督無しに拷問してはいけないとあれほど……」

この場に似つかわしくない、柔らかい声だ。

「クライヴ!」
「ほら、全員散った散った。これ以上の拷問は命に関わる。続きは明日にしておくれ」

悪魔たちは食い下がったが、やがて残念そうに拷問部屋を出て行った。