(あ~……。朝だけじゃなくて、昼も食べ過ぎてしまったなぁ。まあ多少は……、開放された気持ちになったのは、良かったかな……)

 心で独り言を言いながら、(かわや)から出てきたトーコは、肩の力が抜けたようだった。

 
 ……と、広い廊下(ろうか)に出て、乗馬場に向かおうとした時、すぐ近くで人の気配がした。
 トーコが無意識に気配のする方向を見てみると、思いがけない人物が立っていたのだ。

「……ちょっといい、トーコちゃん?」

(ひぃええぇぇぇーっ!)

 ニッコリと微笑みながら、小さく手を振っていたソフィア妃に気が付いて、トーコは心の中で変な悲鳴を出してしまった。

 ソフィアはトーコに近寄ると、ニコニコしながら、真っ直ぐにトーコの顔を見つめた。

「そ……ソフィア様っ!? なっ、なぜ私の名前を、ご存知なんですか?」

「えっ? あー……昔ね、一回だけだけど、私、トーコちゃんに会ったことがあるわ。乗馬の仕方、親切に分かりやすく教えてくれたっけ。……覚えてる?」

「えっ……、あぅ……ハイ」

 ソフィアの質問に、トーコはとてつもなく、とてつもない動揺した。
 それは――

(全く、記憶が無ぁーいっ!
 タイヘンッ、大変……申し訳ありません……。王宮暮らしの頃自体が()()()()()()()()()だったから、かなぁ? 本当にダメ過ぎるな、私っ! 完全に失礼だな、うう……。
 てかっ、何で、こんな超絶美人なお方を覚えてない訳ぇぇーっ!? 自分に対して絶句してしまう、はあぁ……)

 自分に対して、心で激しい突っ込みをして、(とが)めていたトーコだったが、ソフィアの次の一言で、何とか救われたのだった。

「あ~、その時トーコちゃん、まだちっちゃかったから、流石に覚えてないか……」

 失礼なことをしたのは変わらないが、トーコは本当にひと安心したのだった。
 ……しかし、トーコはソフィアのある部分にも、うっかり目が行ってしまった。

(胸、おっきいっ! ホント、完璧すぎる外見だ……)

 こんな美し過ぎる方は、天井くらい高い場所にある、優美な彫刻を見ている距離で拝見するのが、一番いい……。トーコは、心底そう思った。

 その時、ずっと笑顔を絶やさなかったソフィアは、急にハッとした表情になった。

「いけないっ! トーコちゃん、これから乗馬場に行くんだったよね? オスカー様から聞いてたの、忘れちゃってたわ……」

 トーコが「あ……、はい」と答えようとした前に、ソフィアは話し続けた。

「ホントにごめんね、引き止めちゃって! ……あと、ジュリアンから聞いたんだけど、婚約おめでとうっ!」

「ありがとうございます。ソフィア様こそ、本当におめでとうございます」

「ありがと。……また、お話ししましょ♪」


 そして、ソフィアにサッと(すそ)持ちの挨拶(あいさつ)をすると、トーコは急いで乗馬場に向かうのだった。