日の入り前、オレンジ色の光が、森の木々の間から()れている。
 トーコは、オズワルドの斜め後ろを歩いていた。


 二人が歩いている途中、トーコは悶々(もんもん)としている気持ちが限界に達した時、少し早口で話し始めた。

「オズワルドさん、あのっ……。立ち入ったお話なんですが、()()()()()()()()()()()って――」

 トーコは小さく深呼吸をして、言葉を続ける。

「小さい頃、私も飲んでいた時期があって……。何度も嫌なことを思い出して、ずっと鬱々(うつうつ)したり、不眠が続いたりするのって、ものすごく辛いことであるのは、よく知っています。
 何か……、悩んでいらっしゃることが、あるんですか……?」

 トーコの問いを聞いた後、オズワルドは前を向いたまま、立ち止まった。

「あっ!! ……気分を悪くしたなら、本当にごめんなさいっ!」


 小さく()め息をついた後、オズワルドはゆっくりと話し始めた。

「……『ニレ村』って、知ってるか?」

「はい、もちろんです。私が生まれる前に、キンキラ銀山に関する紛争(ふんそう)で、村ごと巻き込まれて、ものすごい人数の方々が亡くなったと、父から聞きました」

「俺の故郷だったんだ、その村。
 母親の親戚(しんせき)んとこに遊びに行っていたからか、なぜか()()()()、生き延びちまったけど、な……」

 オズワルドの重々しい告白を聞いて、トーコの両目は(うる)んでいた。
 そして、その時に初めて、()()()()()()()()()が自分にはあるのだと、彼女は気が付いたのだ。

「わっ、私……、いつかオズワルドさんの『特別』な存在になれたらいいなって、ずっと思っていたんですっ!」

 涙を流しながら、トーコはオズワルドに近寄り、背中をじっと見つめた。

「……オズワルドさんのことが、大好きなんですっ!
 さ……支えるなんて、立派なことは難しいかも、しれないけど……。だけど、せめて……、何か力になれることがあったら、遠慮無く、私にやらせてくださいっ!」

 少しだけ(ふる)えた声で、トーコはオズワルドに、ありったけの想いを伝えた。

「こんな……弱くて、みっともねー奴でも、いーのか……?」

「誰だって、弱いところはありますっ。
 それに、『みっともない』なんて、言わないでくださいっ! オズワルドさんはすごく格好良くて、とても素敵な方ですっ!!」

 しばらくは前を見たままだったオズワルドだったが、小さくフウ……と溜め息をついた後、後ろに居るトーコの方に体ごと振り返った。

「……なら、婚約者にでも、なってみる、か……?」

 (つたな)い言葉で、自分の気持ちを伝えたオズワルドは、照れ臭そうに、優しく微笑んだ。

「えっ……!? ほ、本当に……、いいんですか……?」

「二言はねーよ」

 オズワルドはトーコに近寄ると、右手をゆっくり差し出した。

「手……、(つな)ぐか?」

「えっ……あ、はい……」

 突然の出来事にトーコは驚いたが、恥ずかしそうに、何とかオズワルドの手を握った。



 徐々に日が落ちていき、森の中の山道に注がれる陽の光も、少しずつ弱まってきた。
 トーコとオズワルドの背中に向かって、時々やわらかなオレンジ色の光が照らしている。

 トーコの家の前に着くと、オズワルドは手を離した後、トーコの頭をポンポンと二回やさしく(たた)いた。

「今からは、敬語は使わなくていーから、な?」

「あ……、はい。……じゃなくて、うんっ!」

 トーコの返事を聞き終えると、オズワルドは「またな」と言って、詰所へ歩き始めた。

(てかっ! こ……『婚約者』って、一体、何をすれば、いーのかなぁ……??)

 しばらく玄関の前で突っ立ったまま、トーコは頭の中の整理をしていたのだった。