琥珀の部屋はほとんど物がなく、ただ、部屋の端に小さな勉強机と、いろいろな経営の参考書や、美容の雑誌が積まれている。
咲は泣き疲れて顔に涙の跡がついていて、茫然自失の状態。
ダイニングテーブルなどはないので、四畳半の畳に三角座りしていると、
琥珀がマグカップにホットミルクを入れて渡してくれる。

琥珀「飲んで」
咲「あ、ありがとう、ございます…」
咲(あったかい……)
琥珀「めがね、びしょびしょ。取る?」
咲「あ、は、はい…」
咲、眼鏡を取って、横に置く。咲の顔を見て、琥珀は少し表情を柔らかくさせる。

琥珀「泣き止んだ?」
咲はうなずく。
咲「あ、あの」
琥珀「ん?」
咲「これ、夢ですか?あなたはあの、同じ経営学科の…」
琥珀「琥珀だよ。俺、この部屋に住んでるんだけど、はじめて会ったね」
咲「え!?!?!?!」
咲(キラキラ王子様が、このオンボロアパートに!?やっぱり私、落ち込みすぎてどこかで気を失ってるとか…!?)
咲は玄関前で横たわって眠っている自分を思い浮かべ、青ざめる。

琥珀「花子さん、さっき、扉の前で君が言ってたことだけど」
琥珀「きみ、がんばりすぎだよ。何もできてないなんて言わないで」
琥珀は正座をし、咲のほうをまっすぐ向いて、真剣にそう言う。
琥珀「俺、ずっと花子さんに元気貰ってたんだ」
咲「げん、き……?」
琥珀「うん。いつも夜になると、隣の部屋から『よーし!』とか『がんばるぞー!』とか声が聞こえて。いいなって。その声が明るくて、前向きな気持ちにさせてもらってた」
咲、驚いて、目を少し潤ませる。
琥珀「それで、声の主のこと、隣の花子さんって呼んでた」
咲「え」
琥珀はニコニコしているが、これには微妙な顔をする咲。

咲「こ、琥珀くんは…ど、どうしてここに住んでるんですか……?聞いても……?」
琥珀「いいけど…俺、父親がメイクアップアーティストで」
~幼い頃の琥珀と、モデルにメイクする父親の仕事を見ているシーン~
琥珀「でも今は仕事してなくて。高校の時、母親が亡くなっちゃったのをきっかけに、活動を辞めたんだ」
~母親が亡くなった時の、病院で母親の手を握り泣き崩れる父親を後ろから見る高校生の琥珀のシーン~
琥珀「父さん、世界飛び回って仕事してたんだけど、パタリとやる気失っちゃって……」
咲(あ……と、咲は、咲の父の遺影に手を合わせる咲の母親を思い出す。咲も父親を幼い時に亡くしていた)
琥珀「それで、大学行くお金は出してくれたんだけど、住むとこは自分でなんとかしようって」
咲「そう…なんですね…」
琥珀「うん。でも俺、経営の勉強して父さんにもう一度活躍してほしいんだ。それで勉強第一ってことで、家賃も低くて静かなこのアパートに決めた」

咲、黙って話を聞いていたが、目に涙が浮かび、ぽろっと泣いてしまう。琥珀はそれを見て、表情を変えて慌てる。
琥珀「せっかく泣き止んでたのに、どうしたの」
咲「すみません、泣いたら失礼ですよね。違うんです」
咲「わたしも、父が小さい頃に亡くなって。母に女手一つで育ててもらってて。でもお母さん、不器用で、仕事もあんまり続かないし、お金ないし……それでも上京する私を快く送り出してくれたんです」
~咲も、幼いながらに料理したり、母に手を振って家を出て、新聞配達したりしていた過去の自分を回想する~
咲「だから、大学生活は目いっぱい楽しんで、バイトも頑張らなきゃって、おもってたのに…」
咲「なかなか、うまく、いかなくて……琥珀君は、がんばってるんだなって……えらいなって」

琥珀、ボロボロ泣く咲を見て、眉を下げる。
咲、俯いて泣いてると、ふわりと琥珀に抱きしめられる。
咲は、琥珀の胸の中で驚く。

琥珀「花子さん、ほんとの名前は?」
咲「え、咲です……」
琥珀「……咲ちゃん、がんばってる。さっきも言ったけど、がんばりすぎなくらいがんばってると思う。俺、てっきりはじめは隣の部屋におじさんが住んでると思ってたんだ」
咲「え」
琥珀「深夜とか早朝に扉を開ける音がするから。夜勤のおじさんとか、ブラック企業のサラリーマンとかなのかなあって。がんばってるなあって」
琥珀「そしたら、花子さん……咲ちゃんの声が聞こえてきたんだ」

回想。
琥珀が小さな机の上で参考書広げて勉強している。
うーんと頭を悩ませていると、隣の部屋から咲の声が聞こえる。
咲「よーし!落ち込むな!やったるでー!」
琥珀はじめはびっくりするが、
琥珀「よし……」とペンを握り直す。

琥珀「俺、すごい元気もらってた。今がんばれてるのは咲ちゃんのおかげ」
咲、琥珀とすごく顔が近くなる。
咲「琥珀君……」
咲「ありがとう……」
咲の笑顔がへにゃりとして、かわいくて、琥珀は少し赤面する。

琥珀「あ、そういえば」
それをごまかすように、ポンと手を叩く琥珀。パッと距離が離れる。
琥珀「咲ちゃん、あした時間もらっていい?」
咲「え?あした!?」
手帳を慌てて確認する咲。
咲「あしたは、昼間はバイト休みですけど……」
琥珀「よかった。俺、咲ちゃんにメイクしてみたい」
咲「……メイク?」
琥珀「うん。これでもメイクアップアーティストの息子だから。結構得意。眼鏡外した咲ちゃん見てたら、メイク映えする顔立ちだなって思って」
咲「え……!?」と赤面して顔ごしごしする咲。
咲(そういえば私、こんなぼろぼろの泣き顔で話してたのか…!)とアセアセ。

咲[ていうか]
咲[王子が、わたしに、メイク--……?!]