最初は、ただの通話友達だった。
SNSでたまたま同じ趣味の話題でつながって、
なんとなく話して、なんとなくまた通話して。
それがいつの間にか、毎晩じゃないと物足りなくなっていた。
彼女は、年上だった。
2つか3つ、多分そのくらい。
そのくせ、初対面の俺に対しても人懐っこくて、
無邪気に笑ったかと思えば、急に話題を振ってきたり。
友達みたいなテンションで冗談を言いながら、
ふとした沈黙のなかでは、耳に残るような息を吐いた。
気付けば俺は、彼女の言葉ひとつで笑って、
彼女の声ひとつで、寝る前の気分が左右されるようになっていた。
でも――彼女は、本当に人を惹きつけるのが上手だった。
それに多分、自分でも気づいてない。
少し甘えるように喋って、
気になるようなことを言っておいて、
こっちが一歩踏み込むと、ふわっとかわす。
俺が近づくと、同じ分だけ彼女が離れていく。
その距離を縮める方法を探しているうちに、俺は彼女に特別な思いを抱くようになっていた。
ある晩、何気なく聞いた。
「今まで、何人と付き合ったの?」
「それは、内緒」
笑いながらそう言ったけど、ほんの少しだけ、その笑顔が薄く見えた。
「それって隠すこと?」
「言わなくてもいい事って、あるでしょ…?」
他のことなら何でも話してくれるのに。
この話だけは、なぜか固く閉じたままだった。
彼女はすぐに話題を切り替えて、いつも通り明るく会話が続いた。
俺はそんなに上手く切り替えられない。
正直助けられた、と思ってしまった。
別の日。
彼女にそれとなくタイプを聞いた。
彼女は少し考えてから、
「自分の魅せ方をわかってる人、かな」
と言った。
俺じゃない――
そう思った。
いつも言葉に詰まって、
彼女の一言で動揺して、
かっこつけることもできない俺には、きっと届かない。
「俺は、タイプとか特にないよ」
ぽつりと漏らした俺に、彼女は笑って言った。
「それって、誰でもいいってこと?」
「違うよ。気づいたら、そうなってた……って感じ。
“この人だ”って思ったときに、もう理由なんてないんだよ」
「……ふーん。……じゃあ今、私のことも“そうなってる”の?」
いつも通りの軽口だったはずなのに、
そのときだけ、笑いながらいう彼女の声が、ほんの少しだけ震えていた気がした。
試したくない。試されたくもない。
そんなの、恋じゃない。
でも彼女は、逃げるのが上手すぎる。
今までどんな過去を持つのか、わかるくらいに。
じわじわと優しく距離をとって、
「今日は眠いからまたね」と言って、
肝心な瞬間だけ、絶妙なタイミングで姿を隠す。
だから俺は静かに決意した。
じわじわと、優しく逃げ道を塞いでいこうと。
怖がらせないように。
無理に引き寄せないように。
でも、振り向いたとき、他に行き場がないように。
彼女がまた誰かの手を取ろうとするとき、
その手が届く先には、俺しかいないように。
その夜、俺は言った。
「君はさ、笑ってばっかりだけど、
本当は誰にも見透かされたくないだけなんじゃない?」
「……なんで、そんなこと言えるの」
彼女の声が、ほんの少しだけ揺れていた。
軽口みたいに聞こえたけど、その奥には戸惑いがあった。
「……なんかやだ、そういうとこ。ほんとに全部わかってるみたいで」
それは照れ隠しのようでもあり、
きっと無意識に守っていた壁が、少しだけ揺れた音でもあった。
「見ようとしてるだけだよ」
俺は、静かにそう言った。
「君が、誰にも気づかれないように泣いてるの、放っておけなかったから」
いつもの彼女なら、冗談めかして話題を変えるはずだった。
けれどその夜は、ほんの少しの間があった。
そして、
「……好きに……なっちゃうよ……?」
その声は、かすかに甘くて、
でもどこか怯えていて、
何より――嘘がなかった。
俺はスマホを耳に当てたまま、目を閉じた。
その言葉の余韻ごと、大事に、抱きしめるように。
「……それでいいよ」
まっすぐにそう返すことだけは、迷わずにできた。
ふたりの通話は、そこで途切れた。
でも、何かが確かに、始まりかけていた。
まだ“会おう”なんて言えない。
でも、
彼女の逃げ道を、いつか塞ぐことができる。
そう感じた。
SNSでたまたま同じ趣味の話題でつながって、
なんとなく話して、なんとなくまた通話して。
それがいつの間にか、毎晩じゃないと物足りなくなっていた。
彼女は、年上だった。
2つか3つ、多分そのくらい。
そのくせ、初対面の俺に対しても人懐っこくて、
無邪気に笑ったかと思えば、急に話題を振ってきたり。
友達みたいなテンションで冗談を言いながら、
ふとした沈黙のなかでは、耳に残るような息を吐いた。
気付けば俺は、彼女の言葉ひとつで笑って、
彼女の声ひとつで、寝る前の気分が左右されるようになっていた。
でも――彼女は、本当に人を惹きつけるのが上手だった。
それに多分、自分でも気づいてない。
少し甘えるように喋って、
気になるようなことを言っておいて、
こっちが一歩踏み込むと、ふわっとかわす。
俺が近づくと、同じ分だけ彼女が離れていく。
その距離を縮める方法を探しているうちに、俺は彼女に特別な思いを抱くようになっていた。
ある晩、何気なく聞いた。
「今まで、何人と付き合ったの?」
「それは、内緒」
笑いながらそう言ったけど、ほんの少しだけ、その笑顔が薄く見えた。
「それって隠すこと?」
「言わなくてもいい事って、あるでしょ…?」
他のことなら何でも話してくれるのに。
この話だけは、なぜか固く閉じたままだった。
彼女はすぐに話題を切り替えて、いつも通り明るく会話が続いた。
俺はそんなに上手く切り替えられない。
正直助けられた、と思ってしまった。
別の日。
彼女にそれとなくタイプを聞いた。
彼女は少し考えてから、
「自分の魅せ方をわかってる人、かな」
と言った。
俺じゃない――
そう思った。
いつも言葉に詰まって、
彼女の一言で動揺して、
かっこつけることもできない俺には、きっと届かない。
「俺は、タイプとか特にないよ」
ぽつりと漏らした俺に、彼女は笑って言った。
「それって、誰でもいいってこと?」
「違うよ。気づいたら、そうなってた……って感じ。
“この人だ”って思ったときに、もう理由なんてないんだよ」
「……ふーん。……じゃあ今、私のことも“そうなってる”の?」
いつも通りの軽口だったはずなのに、
そのときだけ、笑いながらいう彼女の声が、ほんの少しだけ震えていた気がした。
試したくない。試されたくもない。
そんなの、恋じゃない。
でも彼女は、逃げるのが上手すぎる。
今までどんな過去を持つのか、わかるくらいに。
じわじわと優しく距離をとって、
「今日は眠いからまたね」と言って、
肝心な瞬間だけ、絶妙なタイミングで姿を隠す。
だから俺は静かに決意した。
じわじわと、優しく逃げ道を塞いでいこうと。
怖がらせないように。
無理に引き寄せないように。
でも、振り向いたとき、他に行き場がないように。
彼女がまた誰かの手を取ろうとするとき、
その手が届く先には、俺しかいないように。
その夜、俺は言った。
「君はさ、笑ってばっかりだけど、
本当は誰にも見透かされたくないだけなんじゃない?」
「……なんで、そんなこと言えるの」
彼女の声が、ほんの少しだけ揺れていた。
軽口みたいに聞こえたけど、その奥には戸惑いがあった。
「……なんかやだ、そういうとこ。ほんとに全部わかってるみたいで」
それは照れ隠しのようでもあり、
きっと無意識に守っていた壁が、少しだけ揺れた音でもあった。
「見ようとしてるだけだよ」
俺は、静かにそう言った。
「君が、誰にも気づかれないように泣いてるの、放っておけなかったから」
いつもの彼女なら、冗談めかして話題を変えるはずだった。
けれどその夜は、ほんの少しの間があった。
そして、
「……好きに……なっちゃうよ……?」
その声は、かすかに甘くて、
でもどこか怯えていて、
何より――嘘がなかった。
俺はスマホを耳に当てたまま、目を閉じた。
その言葉の余韻ごと、大事に、抱きしめるように。
「……それでいいよ」
まっすぐにそう返すことだけは、迷わずにできた。
ふたりの通話は、そこで途切れた。
でも、何かが確かに、始まりかけていた。
まだ“会おう”なんて言えない。
でも、
彼女の逃げ道を、いつか塞ぐことができる。
そう感じた。



