男の人に一礼して駆け足で部屋に戻る。
 襖をそーっと開けて、ホッと安心してため息をつく。
 さっき座っていた席に座ってまもなくすると、両親がやってきた。もちろん、お相手とそのご両親と一緒に。
「お待たせしてごめんなさいねぇ」
 綺麗な和服の女性……おそらくお相手のお母様だろう。その人が優しそうな笑みを浮かべ頭を下げてきた。
「いえいえ、お気になさらないでください」
 愛想笑いなら得意だ。今まで何百回、何千回としてきたから。
「じゃあ、早速始めましょうか」
 そう言って、両親が私の両隣に座る。
「いやあ、大和君は気が利きますなぁ」
「ええ、おまけに格好良くて、賢くて、評判は聞いておりますわ」
「いえいえ、それを言うなら氷翠ちゃんも、とっても聞き分けがよくて、可愛らしい子ですねぇ」
「そうそう、それにヴァンパイアという……そんな子と契約を結べるなんて、家の大和も幸せ者です」
 まず始まったのは、お互いの子供の褒め合いだ。
 『可愛らしい』だなんて……思ってもないくせに。
 この人が部屋に入ってきたとき、私を見て「あらイケメン」みたいな反応をしていたのを私は見ていた。
 私を女として見ているか、それすら怪しいな……。
 それはそうと、『大和君』と呼ばれた男の子は、おそらく私と同い年。お兄さんとは違い、真面目で物腰柔らかそうな美少年だった。
「それで、契約の日なんですが、氷翠の誕生日の10月10日で大丈夫でしょうか?」
「ええ、構いません」
「ああ、その時は、どうぞ我が家にいらしてください。契約も我が家で行いましょう」
「よろしいのですか?」
 【契約】その言葉に、私は一気に現実へ引き戻される。
 【契約】とは、古くから人間とヴァンパイアの間で行われてきたものだ。
 【主従の契約】【守護の契約】そして……【夫婦の契約】。
 今回私たちがするのは【夫婦の契約】。いわば結婚だ。
 そしてそれは、ヴァンパイアの16歳の誕生日に行われてきた。
 ヴァンパイアが契約をするのには、理由がある。
 人間とヴァンパイアの【夫婦の契約】それはつまり、血を与えてもらう契約でもある。
 これまでのヴァンパイアの中は、無慈悲に一般人から血を奪う者や、相手から致死量の血を吸い取るものもいたという。そのせいで反感を買い、多くのヴァンパイア一族は破滅してきた。一般人から血を吸う場合、その量は、どうしても人間が耐えられないものになってしまう。
 だから契約の相手は、誰でもいいというわけではないのだ。それは、ヴァンパイアが生まれたときに下る『予言』のもと判明する。
 そして、ヴァンパイアの結婚相手に選ばれるのは、【神の血を継ぐ者】。
 神の血を継ぐ者に血をもらう場合、その量は一般人の100分の1になるという。
 それだけ、神の血を継ぐ者の血は貴重なのだ。
 ああ、だから神社ねって、何か納得してしまった。
 ……それで、私の時に下った予言がこれだ。
『氷のもとに生まれし少女。津城の者に溶かされたり』
 これを聞いたときは、「ゲッ」っと思った。
 特にこの、『溶かされたり』って表現が、何か気持ち悪くて嫌だった。
 お兄さんがいるのは初耳だけど、「年が近い方が打ち解けやすい」という両親なりの気遣いだろう。
 まあ、予言の相手は、出会った時から何か意識しちゃって、何か勝手に好きになるらしいし。