「一緒に流星群を見ませんかーっ!」

 そう声を張り上げ、登校してくる生徒たちに向かって、ビラを配る。
 そのビラには、【天文部、流星群観測会】と書かれていた。

 私、天野美幸は、我が高校の天文部部員。少し前に三年生が引退した今、部長をやっている。
 そして今夜は、数年に一度と言われる流星群が見られる日だった。

 当然、こんなイベント天文部としては放っとくわけがない。先生に許可を貰い、夜の学校で観測会を開くのはもちろん、部員以外にも参加してもらおうと、こうしてビラを配って呼びかけてる。
 だけど……

「興味ないから」
「ごめん。わざわざ学校にまで来るのはちょっと……」

 ビラを受け取った人たちからの反応は、全部こんなもの。友だちも誘ったけど、なぜかその日は全員都合が悪くて、何度もごめんと言われて断られた。
 それが一人二ならともかく、七人連続。ここまでくると、行きたくないから色々理由をつけて断ってるのかなとも思ったけど、みんな本当に都合が悪かったらしい。なんて運の悪さなの。

 これじゃ、部員しか参加者がいなくなっちゃうよ。と言うか、私一人だよ。
 実は、今いる天文部部員は私だけ。部長をやってるのだって、他に誰もいないから。

 うちの高校では、部員が少ないから廃部なんてことはないけど、たった一人しかいないってのはやっぱり寂しい。だからこそ、今回の観測会で入部希望者が出てきてくれたらなんて期待もあったんだけど、参加者すらいないんだから、その可能性はゼロだよね。

「みんな、星に興味がないのかな?」

 思わずため息がこぼれるけど、本当は私も人のことは言えない。私だって、実は最初から星に興味があるわけじゃなかった。
 なのになぜ天文部に入ったかというと、それにはすご〜く不純な動機があったの。

「よう。頑張ってるな天野部長」
「えっ? 宮本先輩?」

 不意に、後ろから声をかけられ振り向く。するとそこには、三年の先輩、宮本壱馬さんが立っていた。

「そりゃもう、先輩の跡を継いだんですから、恥ずかしくないように頑張るのは当然です!」
「恥ずかしくないようにって、俺も別に、誇れるようなことなんて何もやっちゃいないぞ」

 宮本先輩は、この前引退した、天文部の元部長。とは言っても、当時部員は私と宮本先輩しかいなくて、彼が部長になるのも当然だったんだけどね。

 けどそれでも、私にとっては尊敬する部長だった。そして彼こそが、私が天文部に入った理由でもあった。

「先輩、私に星のことたくさん教えてくれたじゃないですか。天文の知識ゼロなのに入部したいっていっても、呆れたり笑ったりしなかった」
「そりゃ、最初は知らなくても当たり前だろ。知識がなくても、興味さえ持ってくれたら大歓迎だよ」

 いえ。実は、興味もなかったんです。入学早々先輩に一目惚れして、なんとかお近づきになりたい一心で入部したんです。
 なんて、さすがに言えないよね。

 おまけに、距離が近づいたのはいいけど、好きだと告げることもできずに今に至ります。

 だけど、先輩から星の話をたくさん聞いているうちに、いつの間にか本当興味を持って、大好きになりました。そんなそんなことができる宮本先輩は、部長としても、やっぱり憧れの人なのです。

「ところで、今夜の観測会、人は集まりそうか?」
「えっ……?」

 どうしよう。ここまで大々的に宣伝しておいて、ゼロなんて言えないよ。

「も、もちろんです。宣伝した甲斐あって、参加者はけっこういるんですよ」
「へぇ、そうなのか。すごいじゃないか」

 ごめんなさい。見栄を張って、嘘つきました。私は悪い後輩です。
 幸いなことに、宮本先輩はその嘘を信じたようだ。

「本当は、俺も参加したいんだけどな」
「宮本先輩は、受験勉強があるじゃないですか」

 今回の観測会。もちろん宮本先輩だって参加したがってたけど、彼は受験生。しかも、今はかなり大事な時期ということもあり、残念ながら不参加だ。

 私だって、できることなら宮本先輩と一緒に星を眺めてみたかったけど、そんなわがままを言うわけにもいかず、グッとがまんしている。

「流星群、俺の分まで楽しんでくれよ。集まった他の奴らにも、星の楽しさを教えてやってくれ」
「はい。任せてください!」

 先輩の言葉に、私は力強く返事をするのだった。
 とはいえ……







「他の人に星の楽しさを教えてって言われても、そんな人いないんだよね〜」

 いよいよ始まった、流星群観測会。夜の学校の屋上に望遠鏡を構え、空を見上げる。
 そこには、私の他は誰もいなかった。結局、参加者はゼロのままだった。

「あーあ。星ってこんなに面白いのにな」

 一人で寂しいってのはもちろん、星の魅力を誰にも伝えられなかったのが悔しい。

 見て綺麗なのはもちろん、天体の仕組みは知れば知るほど興味が出てくるし、星座にまつわる伝説も面白い。

 これ、全部宮本先輩に教わったんだよね。先輩がいたから、全然知らなかった天文の世界も、大いに楽しめた。本当に好きになれた。
 恋を抜きにしても、私にとって宮本先輩がいかに大きな存在だったか、改めて思い知らされる。

 せっかくの流星群観測会なのに、そんな先輩が今隣にいないというのは、やっぱり残念だ。

「いけない。暗くなってる場合じゃないよね。私一人でも楽しまなきゃ」

 こんな気分でやってたら、それこそ宮本先輩に申し訳ない。沈んだ気分を吹き飛ばすため、パチンと頬を叩き、空を見上げる。
 流星群というだけあって、いつもは滅多に見れない流れ星が、今日はたくさん流れている。こんな素敵な状況、楽しまなくてどうするんだ。

「せっかくだから、お願いごとでもしてみようかな」

 流れ星に願い事をすれば叶う。今夜は願い放題なんだから、やらない手はないよね。
 私以外、周りに誰も人はいないんだし、せっかくだから大声で叫んでみよう。

 今回参加者がゼロだったのは、友だち七人が尽く都合が悪いってのが痛かった。
 このアンラッキー、流れ星のお願いパワーで吹き飛ばしてほしい。そんな思いを込めて、叫ぶ。

「次の観測会では、参加者がもっと増えますようにーっ!」

 叫んでみると、けっこう気持ちいい。
 実際にご利益があるかどうかはわからないけど、大声で願いを言うだけでも楽しいかもしれない。
 ならばと、さらに続けて願いを叫ぶ。

「宮本先輩が受験に合格しますようにーっ!」

 宮本先輩。今頃受験勉強してるんだろうな。
 頑張る先輩に、少しでもこの願いが届いてほしかった。

 さらにさらに、大きく息を吸い込んで、次の願いを叫ぶ。
 天文部に入部して以来、ずっと願い続けていたことだ。

「宮本先輩の彼女になれますようにーっ!」

 仲のいい先輩後輩であり、だけどそこから踏み出すことのできなかった私。だけどこの願いは、今も変わらず持ち続けてる。
 どうせ周りには誰もいないんだし、こんなところで願いを叫ぶくらい、いいよね。

 そう思った、その時だった。

「俺がどうかしたか?」
「えっ──?」

 急に後ろから声がして、振り返る。そして、目を大きく見開いた。
 だってそこにいたのは、いるはずのない人だったから。

「み、宮本先輩!? どうして?」

 家で受験勉強しているはずの、宮本先輩。なのに、なぜか今ここにいる。

「たまには息抜きも必要だろ。飛び入り参加して、驚かせようと思ってたんだよ」
「そ、そうなんですか。い、いや、それよりも──さっきの私の願い事、聞いてました?」

 思いっきり叫んだ、先輩への愛の告白。あのなの聞かれたら、恥ずかしくて死んじゃうよ!

「いや。それが、よく聞こえなかったんだ。俺のこと言ってたみたいだけど、何だったんだ」
「い、いえ。そんな大したものじゃないんです」

 セ〜フ。なんとか聞かれなかったみたいだ。
 あんな大声で叫んでおいて大したものじゃないってのは無理あるかもしれないけど、何を聞かれても、知らないと言って乗り切ろう。
 そう思っていたけど、次に先輩が言ったのは、全く別のことだった。

「それより天野。観測会、人が集まってるんじゃなかったのか?」
「えっと、それは……ごめんなさい。嘘つきました」

 私一人しかいないこの状況。ごまかそうとしてもムダだよね。
 そんなしょうもない嘘をついたなんて、呆れられた? それとも、怒ってる?
 何を言われるのか不安になって、キュッと体が固くなる。

「お前な。夜に女の子一人なんて、危ないだろうが。少しは警戒しろよ。うちの学校も、そんなんで許可するなんて、危機意識なさすぎだろ。そういう時は中止しろ」
「ご、ごめんなさい!」

 やっぱり怒られた。だけどそれから、宮本先輩はフッと表情を和らげる。

「どうしても観測会したかったら、次からすぐに俺を呼べよ」
「で、でも、先輩は受験勉強が……」
「受験より、天野の方が大事だ 」
「ふぇっ!?」

 どうしてサラッとそういうこと言うんですか。そんなの聞いたら、こんな時なのにときめいちゃうじゃないですか。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、宮本先輩は、話は終わったとばかりに空を見上げる。

「まあ、今回は最初から息抜きするつもりでここに来たからな。たっぷり楽しませてもらうぞ」

 そう言った先輩の目は、子どものようにキラキラしていた。
 やっぱりこの人は、本当に星が好きなんだな。

「そうだ。せっかくだから、先輩も流れ星に願い事してみません?」
「そうだな。やってみるか」

 空を見ながら、大きく息を吸い込む宮本先輩。
 いったい何をお願いするのかな。受験勉強? それとも、天文部のこれからについてとか?

 ちょっぴりドキドキしながら、流れ星が出るのを待つ。そして、その時が来た。

「天野の彼氏になれますようにーっ!」

 …………えっ?

 一瞬、何が起こったかわからず、時が止まる。

 宮本先輩を見ると、その頬はほんのり赤く染まっていた。

「み、宮本先輩。さっきの私の願い事、やっぱり聞いてたんじゃないですか!」

 このタイミングでそんな願い事をしたってことは聞いてた以外にありえない。よく聞こえなかったって言ってたのに、騙したんですね!

「天野だって、観測会に人が集まったって嘘ついただろ。これでおあいこだ」
「そ、そりやそうですけど〜」

 その嘘を出されると、反論できないのが辛い。けど、ものすっごく恥ずかしいよーっ!

 いや、それよりもだ。天野って、私のことだよね。その彼氏になりたいって、どういうこと?

「俺さ。ずっと一緒にいてくれた可愛い後輩のこと、好きになっていたんだ。この願い、天野なら叶えられるんだが、叶えてくれるか?」

 夢じゃないよね?
 ずっとずっと大好きだった人。その相手からそんな風に思われていたってのが、すっごく嬉しい。

「叶えます! それで、私からもお願いがあるんですけど……宮本先輩も、さっきの私の願い、叶えてくれませんか?」
「ああ。好きな奴の願いだからな。いくらでも叶えるよ」

 私たち以外は、参加者ゼロの観測会。
 友だちが尽く都合が悪かったってアンラッキーもあったけど、今はそれでよかったって、ちょっと思ってる。

 だって二人きりでないと、きっとこんなこと言えなかったから。