「ハグ、どうしても無理ですか?」
「だ、ダメです」

 なおもハグを要求してくる皇先輩。けど、私だって生徒の模範となる生徒会役員。仕事中にそんな私情まみれのことをするわけにはいかない。
 要求しているこの人は、そんな生徒会役員の長だけど。

「彼氏からのお願いでも?」
「くっ…………そ、それでもです。たとえお付き合いしている二人でも、相手の合意なく過度な接触をはかろうとすると、それはセクハラになります。か、彼氏というのを理由に迫るのは卑怯です!」

 言ってやった。
 いくらなんでも少し言い過ぎたかもって思ったけど、こうでもしないと、延々ハグを要求してきそう。
 と言うか、まだまだこのくらいじゃめげないかも。

 次は、なんて言ってくる?
 これからの攻防に備えて、思わず身構える。
 だけど……

「そう……ですね。いくら付き合ってるとはいえ、無理強いはよくない。すみません、僕が間違っていました」
「へっ?」

 なんと予想外の、私の言葉全肯定。
 い、いいの?
 そりゃ、私だってこうなることを望んで言ったし、皇先輩の言ってること自体には、なんの文句もない。
だけどこんなにあっさり頷かれると、本当にこれでよかったのかなって思ってしまう。

 戸惑っている私をよそに、皇先輩は机に戻って仕事を再会しようとする。

「あ、あの、皇先輩。本当に、ハグしなくていいんですか?」
「ええ。白石さんに嫌な思いをさせてまで無理やりやらせようとするんじゃ、それこそ彼氏失格ですから」
「あっ、その……別に、そこまで嫌ってわけじゃ…………」

 その言い方だと、皇先輩と何が何でもバグしたくないって聞こえるんだけど。

 ちがいますから。私が断ったのは、恥ずかしかったり、今は仕事の時間っていう倫理観だったりが理由で、決してハグそのものが嫌というわけじゃないのに。
 せめて、それだけでも伝えようか。
 だけど、そこでハッと気づく。

(これ、皇先輩の作戦だ)

 押してダメなら引いてみろって感じで、一度断ることで揺さぶりをかける。
 この人は、そういうのを平気でやる人だ。
 素の色がブラックだってのを嫌というほど知ってる私にはわかる!

 危ない危ない。危うく罠にハマるところだった。
 これ以上乗っかりはせず、早く自分の仕事に戻ろう。

 そう思って、生徒会室を去ろうとする。生徒会室を、去ろうとする。

 なのに、なぜだろう。
 本当にこれでいいのかなって気持ちが、ふつふつと湧いてくる。

(皇先輩、疲れてるのは本当になんだよね。私のハグなんかでそんなに癒されるとは思わないけど、少しはマシになるのかも。でもいきなりそんなこと言われても心の準備ができてないし、仕事中にそんなことするの不謹慎だよね。けどここには私たちしかいないから、やってもバレない? いや、バレなきゃいいって考えはダメでしょ。けどこのまま何もせずに帰っていって、本当に私が皇先輩とのハグを嫌がってるって思われたらどうしよう。彼女っていっても元々可愛くもないんだし、愛想つかされるかも。それならまだいいけど、皇先輩のことだから、無理に私に合わせて付き合おうとするかも。先輩の負担になるなんて、そんなの嫌)

 考えれば考えるほどまとまらなくなって、頭の中はもうグチャグチャ。
 部屋を出ようとする足もすっかり止まってしまって、その場で棒立ちになっていた。

「白石さん、どうかした? もしかして、疲れた? それなら少し休んでいく?」

 皇先輩が近寄ってきて、すぐ後ろでそう言うけど、疲れさせてる原因はあなたです!
 そう言いたかったけど、そんな言葉すら出てこない。

 ああ、もう! なんだか、考えるのが面倒になってきた。
 もうどうにでもなれ!

「白石さん?」

 今度は、少し心配そうに声をかける皇先輩。
 そんな先輩のいる真後ろに向かって振り返った瞬間、素早く先輩の背中に手を回し、ギュッと引き寄せる。

「なっ!?」

 ……一秒……二秒……三秒。
 これが限界。パッと手を離す。

「い、言われた通り、ハグしましたからね。これっきりですよ。もう一回って言われても、もうやりませんからね!」

 あれこれ考えていたらできなくなってしまいそうだから、不意打みたいになったハグ。
 皇先輩、納得してくれたかな。

 先輩の顔を見上げると、放心したかのように無表情。
 かと思うと、それがあっという間に赤く染った。

「なんだよ、これ。ヤバすぎ」

 皇先輩、もしかして照れてます?
 手の甲を口元に当てて表情を隠そうとするけれど、耳まで赤くなってるから、全然隠しきれてない。

 カメレオンみたいに周りに合わせて色を変え、心の色はブラック。
 そんな彼がここまで真っ赤になるのなんて、初めて見た。

「いきなりはずるいって。やるなら、もう少し準備させてよ!」
「そ、そんなことしたら、やっぱり無理ってなるじゃないですか!」

 さっきのは、考えるのを放棄したからできたことなのです。
 だいたい、私が言われたのはハグしてってだけなので、そのやり方に細かく注文をつけないでください。

「いや、でも、次からはもう、こんな不意打ちはやめてくださいね」

 まだ言いますか。
 もしかすると、今のでは不満があったのかも。
 そう思うと、とたんに不安になってくる。

「いきなりだと、可愛すぎて、俺の理性が持たなくなるから」

 ふ、ふえぇ〜っ!

 今度は、私が顔を耳まで真っ赤にする番だった。





 ちなみに、皇先輩の仕事は既に終わっていて、別に私がハグしようがしまいが、進捗には関係ありませんでした。
 そのことを怒ったら、私にハグしてもらえるって妄想したら、ものすごく早くできたと言われました。
 勝手に変な妄想しないでください!