「こんなとこで寝んな」
ふいに頭上から降ってきたのは、聞き慣れた低い声。その声に私は浅い眠りから現実へ引き戻される。
「ん……っ」
ホームのベンチに上半身を預けていた私が瞼を開けると、同じ広告代理店に勤める同期の片平涼弥がしゃがんで眉間に眉を寄せていた。
「祭理、いいかげんにしろよ」
祭理と言うのは私の名前。
涼弥は会社では私の苗字である新崎と呼ぶが、プライベートでは私を祭理と呼ぶ。
きちんとオンとオフを使い分けているだけなのに、なんだか狡いと感じるのは私が彼に長く想いを寄せているせいなんだろう。
「何回、終電逃すわけ?」
「知らない」
「はぁあ……毎回呼び出される俺の身にもなれよな」
涼弥は呆れ顔で私の背中を支えて体を起こす。そしてペットボトルの水を私に渡した。
「ありがと……」
「マジで最後にしろよ」
(私だってワザと終電逃すのなんて最後にしたいわよ)
今夜だってお酒の力をふんだんに借りて涼弥に想いを伝えるべくシュミレーションは嫌と言うほど重ねてきた。
けれど実際に実行に移せるかとと言えば恐らく今夜もダメだ。だって、私は現在進行形で今のラクで居心地のいい関係にあぐらをかきそうになっている。
(……迎えにきてくれたってことは、まだ彼女いないってことだよね)



