部室に続く階段を、ゆっくりと上る。
 藤崎のことを有馬先輩に任せて、あとは邪魔にならないよう、部室には近寄らないようにしていた。
 けどそれから、ずいぶんと時間が経った。
 いい加減、二人の様子を見てみよう。そう思って来たのはいいけど、部室の前で足が止まる。
(今、中に入って大丈夫か?)
 もしかすると、大事な話をしているところを台無しにしてしまうかもしれない。そう思うと、躊躇してしまう。
 けどそんなこと言ってたら、いつまで経っても入れない。
 迷った挙句、部室の扉を少しだけ開け、そっと中の様子を覗いて見た。
 そして、首を傾げる。
(あいつら、何やってるんだ?)
 そこには思った通り、藤崎と有馬先輩の姿があった。
 だがどういうわけか、藤崎のすぐ後ろに有馬先輩が立っているという、話をするにしては、どう見ても変な立ち位置だ。
 妙に思いながら見ていると、有馬先輩が藤崎に向かって手を伸ばし、覆い被さるように体を近づけていく。
 その体勢を見て、俺の頭に、バックハグって言葉が浮かんだ。
「待て待て待て! お前ら、何やってるんだよーーーーっ!」
 話し合えとは言ったけど、バックハグしろとは言ってねえぞ!
 気が付けば、勢い置く扉を開け叫んでた。
 それに驚いたのか、二人がキョトンとした顔でこっちを見る。
「三島? いったいどうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ! お前たち、いったい何してる!?」
 まさか仲直りできただけでなく、そこからいい雰囲気になって、その結果がバックハグとか?
 藤崎には元気になってほしいけど、そんなのはちっとも望んじゃいない。
 けれどそこで、有馬先輩が予想外のことを言い出した。
「何って、実験かな」
「はっ? 実験?」
 あまりにも意味不明で、今度は俺がキョトンとする。
 それに二人とも、バックハグの現場を見られたにしては、あまりに落ち着きすぎている。
(……もしかして、俺の早とちりだったのか?)
 それであんな大声を出したなら、かなり恥ずかしい。
 嫌な汗が吹き出てくるけど、そこで藤崎が話しかけてきた。
「あっ、あのさ、三島……」
「……な、なんだよ」
「ユウくんから聞いたよ、私のこと、凄く心配してたって。その……私達に話をさせるためにわざと遅れてきたんだよね? ありがとう」
「────っ!」
 今度は、さっきのとは別の種類の恥ずかしさが襲ってきた。
 有馬先輩、藤崎に喋ったのかよ。そりゃ先輩を焚き付けてはやったけど、それを藤崎に知られるのは、何だかむず痒くなってくる。
「べ、別に、俺は何もしてねえだろ」
 照れ隠しにボソッと呟くけど、今度は藤崎だけでなく、先輩まで言ってくる。
「いや、三島が背中を押してくれなかったら、今もちゃんと話せてなかったと思う」
「心配かけてごめんね」
 そうして、二人揃って笑顔を見せる。今日一日、見る事の無かった笑顔だ。
「その調子だと、もう大丈夫なんだよな?」
「うん。おかげさまでね。三島、本当にありがとね」
「お……おう」
 もう一度、改めてお礼を言われて、恥ずかしくなって目を逸らす。
 けど悪い気はしなかった。って言うか、めちゃめちゃ嬉しい。
 嬉しすぎて藤崎の顔をまともに見られなくなりそうだから、話を変えることにした。
「と、ところで、さっき言ってた実験ってなんなんだよ?」
 実験って言っても、化学とかの話じゃないだろう。
 けどあのバックハグもどきじゃ、何をしたいのか見当もつかなかった。
「えっとね。ユウくんが私にとり憑けるかどうかの実験」
「はぁ?」
 藤崎の答えを聞いて、ますますわけがわからなくなった。