伝えたい想いは歌声と共に

 次にユウくんから出てきたのは、呟くくらいの小さな声だった。
「好きになっても、いつか気持ちが変わるんじゃないか。そんな気持ちはいつもあって、気がついたら、周りから距離を置くようになってた」
 そんなふうになって、ユウくんはどんな気持ちで毎日を過ごしていたんだろう。
 聞いているだけで、ズキリと胸が痛くなる。
「そんな時だったよ。藍と初めて出会ったのは」
「えっ?」
「藍は覚えてる? 俺と初めて会った時のこと?」
「う……うん」
 それは、私がまだ小学校にも通っていなかった頃の話。
 それでも、忘れてなんかいなかった。
「私が迷子になって、それをユウ君が助けてくれたんだよね」
 その日、家の庭で遊んでた私は、何を思ったのか、外に出ていった。一人で遠くに行ってみたい。そんな好奇心からだったと思う。
 一人で歩く初めての道に、最初はワクワクしていた。だけどしばらくして、帰り道がわからないことに気づいた。
「驚いたよ。突然知らない子が泣きついてきたんだから」
 そ、そうだよね。
 あの時の私は大泣きしてて、誰でもいいから声をかけたんだよね。
 それが、ユウくんとの初めての出会い。改めて思い返すと、すっごく恥ずかしい!
「そ……その節は、大変迷惑をかけました」
 幸いだったのは、うちの喫茶店の名前をちゃんと言えたこと。
 おかげで、すぐにうちに帰ることができた。
「それから、俺を見かけると、寄ってくるようになったな」
「う、うん……」
 ユウくんの家はうちの近所だったから、家の近くを歩いていると、たまたま出会うことが何度かあった。
 そしてその度に、私はユウくんの傍によっていった。
 その頃にはもう、私にとってユウくんは、迷子になったのを助けてくれたヒーローだったから。
 それどころか、遊んでほしいとか、小学校に上がってからは宿題を教えてほしいとか、事あるごとに色んなお願いをした。
「藍、どうかした?」
 話の途中で、ユウくんが一度言葉を止める。
 一方私は、火照った顔を両手で隠していた。
「あ、あの……ユウくん。その頃の私って、実はすごい迷惑だった?」
 昔の自分の行動に、いたたまれない気持ちになってくる。
 ユウくんの都合も考えずに、お願いの数々。あの頃の私、ワガママすぎたかも。
「大丈夫。迷惑なんかじゃなかったよ」
「ほ、本当?」
「まあ、最初のうちは、どうしようって困ったりもしたけど」
「やっぱり!」
 それって、結局迷惑ってことだよね。
 恥ずかしさと申し訳なさで、どうにかなってしまいそう。
 そもそも今って、ユウくんの抱えているものと向き合うつもりでいたんだよね。
 なのに、どうしてこんなことになっているんだろう。
 そんな、苦悩する私を見て、ユウくんが小さく噴き出した。
「ふふっ──ご、ごめん。笑うつもりはないんだ」
(いや、今もしっかり笑ってるよね)
 思わず拗ねそうになるけど、そこで気づく。
 ユウくんの表情から、さっきまでの暗い雰囲気が消えていることに。
 そしてユウくんは、ようやく笑うのを止めて言う。
「確かに、ちょっと困りはした。けど、嫌ってわけじゃなかったんだ。さっきも言ったけど、当時の俺は人から距離を置くようになって、友達だってほとんどいなかった。だけど藍だけは、そんな俺に何度も近づいてきてくれた。そして気付いた時には、それを嬉しいって思うようになってたんだ」
「そ、そうなの?」
 真顔でそんなことを言われたもんだから、さっきまでとは違う意味で恥ずかしくなってくる。
「そうだよ。それだけじゃない。藍と一緒にいるうちに、いつの間にか他の人に感じてた不安みたいなものも、少しずつ薄くなっていった」
 えっ、ちょっと待って。
 それってつまり……
「それって、その……気持ちが変わるかもしれないって不安は、なくなったってこと?」
 今の話を聞いてると、そういうことみたいに思えるんだけど。
「だったら良かったんだけどな。完全にそうなったのは、藍や一部の人だけだった」
 そっか……
 それは、残念。けどそれでも、私と一緒にいるうちに不安が薄れていったってのは、嬉しかった。
「それに思ったんだ。もしかすると、いつかは完全に、不安を取り払えるかもしれないって。藍や、おじさんやおばさんたちのおかげだよ」
「私の、お父さんとお母さん?」
「ああ。二人には、本当によくしてもらって、すごく嬉しかったんだ。藍の家にいると、まるで家族ができたみたいに思えた」
 そこまで話すと、ユウくんは優しく微笑む。そこに、不安そうな様子は一切ない。
「家族って、私は妹?」
「もちろん」
 妹。それは、何度も言われてきた言葉。
 だけど私はわかってなかった。一度家族が壊れてしまったユウくんにとって、その言葉がどれだけ大きなものなのかを。
 ただ、ユウくんはそれから、こうつけ加える。
「けど今の藍は、凄く頼りになって、心強くて、俺が守っていたあの頃とは違うかも」
 そうかな? もしそうなら、それはユウくんがいたからだと思う。
 大切な人を支えたい。力になりたい。そう思えたから、私だってがんばれたんだよ。