次の日の放課後、俺は教室で、机の上にうつぶせていた。
寝不足で頭が重く、まるで靄がかかったようにスッキリしない。
あくびを噛み殺したところで、急に声をかけられた。
「有馬君、部活行かないの?」
顔を上げると、同じ軽音部の大沢泉がいた。
大沢は、俺の顔をまじまじと見ると、心配そうに聞いてくる。
「もしかして、何かあった? 最近顔色悪いし、疲れてるみたいだけど?」
もしかすると、部活の話はついでで、最初から体調の話をするのが目的だったのかもしれない。
「毎晩練習し過ぎて、寝不足なんだ」
一応、嘘は言っていない。毎日遅くまで練習しているのは本当だ。
けど、両親に関しては、一切口にしなかった。あんなの、誰にも話したくない。
だが大沢は、どこか不穏なものを感じていたみたいだ。
「本当に?」
念を押すように聞いてくる。
単なる好奇心じゃなくて、本気で心配しているんだろう。
だけど、答えはこれだ。
「それだけだよ。文化祭も近いし、つい熱が入ってるんだ」
「そう……」
大沢は納得しきってはいないようだったけど、それ以上はどう聞いていいかわからないようだ。
俺としては、その方がいい。
「部活にはもう少ししたら行くから、先に行ってろよ」
「そう? それじゃ、待ってるから」
渋々と言った様子で、教室を出ていく大沢。俺がこれ以上この話を続けたくないって、察してくれたのかもしれない。
両親のことは、誰にも話す気はない。
大沢だけじゃない。藍のところのおじさんやおばさんはある程度知ってはいるけど、巻き込むつもりは一切ない。藍の前では、暗い顔のひとつだって見せたくない。
軽音部も藤崎家も、俺にとって大切な場所だ。そんな大切な場所で、あんな醜い争いのことなんて話したくない。楽しいと思える場所を壊したくない。大事な人達を、ほんの少しだって心配させたくない。
だから、何があったかなんて言わない。辛いとか苦しいとかなんて、そんなことは絶対に言わない。いや、言えない。
(あんな両親のことばかり考えているのがいけないんだ。もっと、楽しい事を考えよう)
そんなことを思いながら、帰り支度を済ませ、教室を出る。
今一番楽しみにしているものといえば、何と言っても、間近に迫った文化祭だ。
(文化祭には、藍も来るって言ってたな。時間をつくって、案内してやろう。藍が喜びそうなものがないか、調べておいた方がいいな。それから、文化祭の練習とは別に、あれも練習しておかないと……)
そこまで考えたところで、俺は部室棟に入り、二階に続く階段に差し掛かってきた。
階段を上り終えたら、部室はすぐだ。だけどその時、急に目の前が暗くなった。立ちくらみだ。
(またか)
実は最近、寝不足のせいで、こんなことは何度も起きていた。
しばらくじっとしていると、いずれ治まる。そう思っていた。
だが今回の立ちくらみは、今まで経験してきたものよりも、ずっと酷かった。そして、タイミングが最悪だった。
「うっ……」
頭が大きく揺れ、足がもつれる。
ここが普通の廊下だったら、問題なかったのかもしれない。けどもつれた足が、運悪く階段を踏み外した。
「うわっ!」
小さく上げた声は誰にも届かず、そのまま階段を転げ落ちる。頭に、強い衝撃が走る。
それが、俺が覚えている、生きていた頃の最後の記憶だった。
寝不足で頭が重く、まるで靄がかかったようにスッキリしない。
あくびを噛み殺したところで、急に声をかけられた。
「有馬君、部活行かないの?」
顔を上げると、同じ軽音部の大沢泉がいた。
大沢は、俺の顔をまじまじと見ると、心配そうに聞いてくる。
「もしかして、何かあった? 最近顔色悪いし、疲れてるみたいだけど?」
もしかすると、部活の話はついでで、最初から体調の話をするのが目的だったのかもしれない。
「毎晩練習し過ぎて、寝不足なんだ」
一応、嘘は言っていない。毎日遅くまで練習しているのは本当だ。
けど、両親に関しては、一切口にしなかった。あんなの、誰にも話したくない。
だが大沢は、どこか不穏なものを感じていたみたいだ。
「本当に?」
念を押すように聞いてくる。
単なる好奇心じゃなくて、本気で心配しているんだろう。
だけど、答えはこれだ。
「それだけだよ。文化祭も近いし、つい熱が入ってるんだ」
「そう……」
大沢は納得しきってはいないようだったけど、それ以上はどう聞いていいかわからないようだ。
俺としては、その方がいい。
「部活にはもう少ししたら行くから、先に行ってろよ」
「そう? それじゃ、待ってるから」
渋々と言った様子で、教室を出ていく大沢。俺がこれ以上この話を続けたくないって、察してくれたのかもしれない。
両親のことは、誰にも話す気はない。
大沢だけじゃない。藍のところのおじさんやおばさんはある程度知ってはいるけど、巻き込むつもりは一切ない。藍の前では、暗い顔のひとつだって見せたくない。
軽音部も藤崎家も、俺にとって大切な場所だ。そんな大切な場所で、あんな醜い争いのことなんて話したくない。楽しいと思える場所を壊したくない。大事な人達を、ほんの少しだって心配させたくない。
だから、何があったかなんて言わない。辛いとか苦しいとかなんて、そんなことは絶対に言わない。いや、言えない。
(あんな両親のことばかり考えているのがいけないんだ。もっと、楽しい事を考えよう)
そんなことを思いながら、帰り支度を済ませ、教室を出る。
今一番楽しみにしているものといえば、何と言っても、間近に迫った文化祭だ。
(文化祭には、藍も来るって言ってたな。時間をつくって、案内してやろう。藍が喜びそうなものがないか、調べておいた方がいいな。それから、文化祭の練習とは別に、あれも練習しておかないと……)
そこまで考えたところで、俺は部室棟に入り、二階に続く階段に差し掛かってきた。
階段を上り終えたら、部室はすぐだ。だけどその時、急に目の前が暗くなった。立ちくらみだ。
(またか)
実は最近、寝不足のせいで、こんなことは何度も起きていた。
しばらくじっとしていると、いずれ治まる。そう思っていた。
だが今回の立ちくらみは、今まで経験してきたものよりも、ずっと酷かった。そして、タイミングが最悪だった。
「うっ……」
頭が大きく揺れ、足がもつれる。
ここが普通の廊下だったら、問題なかったのかもしれない。けどもつれた足が、運悪く階段を踏み外した。
「うわっ!」
小さく上げた声は誰にも届かず、そのまま階段を転げ落ちる。頭に、強い衝撃が走る。
それが、俺が覚えている、生きていた頃の最後の記憶だった。


