四年前のその日、俺はいつものように、藍の家の喫茶店で夕食をとっていた。
それから藍の宿題を見ていたけど、やがて帰った方がいい時間になる。
「えぇーっ。もう帰っちゃうの?」
残念そうに頬をふくらませる藍。そんなところも可愛いかった。
「明日また来るからな」
「うん。絶対だからね!」
藍の頭を撫で別れを告げた後、店の方にいる藍の両親にも挨拶をする。
「ご馳走様でした。いつもありがとうございます」
ここで食事をとるのはいつものことだが、毎日、支払っている代金以上のサービスをしてもらっていた。
そんなおじさんおばさんには、本当に感謝している。
「遠慮はいらないよ。こっちこそ、いつも藍の面倒見てくれてありがとう」
「いえ、俺が好きでやってることなので」
お礼を言われるのは照れ臭いけど、同時にとても心地よい。
けどそれから、おじさんは少し真面目な顔になって言った。
「ところで、お家の方は大丈夫なのかい? その、ご両親のことなんだが……」
その一言で、空気が重くなる。
おじさんも、尋ねはしたものの、どこまで踏み込んでいいのか迷っているみたいだ。
だから俺は、笑顔を作ってそれに答えた。
「ご心配なく。少しゴタゴタしてますけど、そこまで深刻になるほどでもないので」
「そうかい。それならいいんだけど……」
おじさんは、まだ何か言いたそうにしていたけど、結局それ以上は何も言ってこなかった。
そのことにホッとしながら、帰路につく。
(おじさんに、余計な気を使わせてしまったな)
おじさんやおばさんが、俺の家の事情を知ったのは、少し前のこと。
それ以来、二人とも他人である俺のことを本気で心配してくれた。それは、素直にありがたい。
俺にとって、藍は妹みたいに可愛くて、おじさんやおばさんも、とても大事な人達だ。
だからこそ、我が家の問題には巻き込みたくなかった。
その我が家に帰り玄関を開けると、女性用の靴が置いてあるのを見つけた。
そのとたん、体の奥から嫌な気持ちが溢れてくるような気がした。
そして、何度も聞いたような言葉が、耳に飛び込んでくる。
「今更出てきて、母親面するんじゃない!」
「あなたこそ、ちゃんと育ててるって言えるの!」
リビングの戸を開くと、そこには俺の両親がいた。
二人は俺に気付いて一度だけこちらを見たが、それからすぐに口論を再開する。
俺も、そんな二人を無視して、さっさと自分の部屋へと入っていく。
こんなことになったのは、今から数ヶ月前。その日俺は、父以外に好きな男性ができたと言って出ていった母親と、数年ぶりに再会した。
当時の俺は泣きながら引き留めようとしたけど、振り向きもせずに去って行った。
そんな母が突然戻ってきて、自分を引き取りたいと言った時は呆気にとられたが、再婚した相手と別れたと聞いて納得した。
用は、俺を引き取ることで父から養育費をもらいたいんだ。
けど父はそれに納得いかず、今まで愛情を込めて育ててきたのは自分だと、声高らかに主張した。
けどその父は、母親が出て行った日、俺を指さし、何でコイツも一緒に連れて行かなかったのかと嘆いていた。
食事なんてろくに作ってもらった記憶はなく、好きなものを食べろと現金だけを渡された。
俺を手放したくないのも、養育費をせしめて喜ぶあの女の顔を見たくないからだろう。
それ以来、たまに母親がやって来ては、こうして話し合いという名の罵倒が繰り返されている。
その間、俺はいつも蚊帳の外だが、俺だって二人とは関わりたくないからちょうどいい。
部屋に入り戸を閉めても、尚も二人の声は聞こえてくる。そんな雑音を振り払おうと、俺はベースを取り出し、指の動きを確認する。
(文化祭も近いし、もっと練習しないと)
これに集中している間だけは、両親の声も遠ざかるような気がした。
両親の口論は夜中まで続き、それが終わっても、俺はベースの練習をやめなかった。
やめたらその瞬間、また両親の声が聞こえてくるような気がした。
それから藍の宿題を見ていたけど、やがて帰った方がいい時間になる。
「えぇーっ。もう帰っちゃうの?」
残念そうに頬をふくらませる藍。そんなところも可愛いかった。
「明日また来るからな」
「うん。絶対だからね!」
藍の頭を撫で別れを告げた後、店の方にいる藍の両親にも挨拶をする。
「ご馳走様でした。いつもありがとうございます」
ここで食事をとるのはいつものことだが、毎日、支払っている代金以上のサービスをしてもらっていた。
そんなおじさんおばさんには、本当に感謝している。
「遠慮はいらないよ。こっちこそ、いつも藍の面倒見てくれてありがとう」
「いえ、俺が好きでやってることなので」
お礼を言われるのは照れ臭いけど、同時にとても心地よい。
けどそれから、おじさんは少し真面目な顔になって言った。
「ところで、お家の方は大丈夫なのかい? その、ご両親のことなんだが……」
その一言で、空気が重くなる。
おじさんも、尋ねはしたものの、どこまで踏み込んでいいのか迷っているみたいだ。
だから俺は、笑顔を作ってそれに答えた。
「ご心配なく。少しゴタゴタしてますけど、そこまで深刻になるほどでもないので」
「そうかい。それならいいんだけど……」
おじさんは、まだ何か言いたそうにしていたけど、結局それ以上は何も言ってこなかった。
そのことにホッとしながら、帰路につく。
(おじさんに、余計な気を使わせてしまったな)
おじさんやおばさんが、俺の家の事情を知ったのは、少し前のこと。
それ以来、二人とも他人である俺のことを本気で心配してくれた。それは、素直にありがたい。
俺にとって、藍は妹みたいに可愛くて、おじさんやおばさんも、とても大事な人達だ。
だからこそ、我が家の問題には巻き込みたくなかった。
その我が家に帰り玄関を開けると、女性用の靴が置いてあるのを見つけた。
そのとたん、体の奥から嫌な気持ちが溢れてくるような気がした。
そして、何度も聞いたような言葉が、耳に飛び込んでくる。
「今更出てきて、母親面するんじゃない!」
「あなたこそ、ちゃんと育ててるって言えるの!」
リビングの戸を開くと、そこには俺の両親がいた。
二人は俺に気付いて一度だけこちらを見たが、それからすぐに口論を再開する。
俺も、そんな二人を無視して、さっさと自分の部屋へと入っていく。
こんなことになったのは、今から数ヶ月前。その日俺は、父以外に好きな男性ができたと言って出ていった母親と、数年ぶりに再会した。
当時の俺は泣きながら引き留めようとしたけど、振り向きもせずに去って行った。
そんな母が突然戻ってきて、自分を引き取りたいと言った時は呆気にとられたが、再婚した相手と別れたと聞いて納得した。
用は、俺を引き取ることで父から養育費をもらいたいんだ。
けど父はそれに納得いかず、今まで愛情を込めて育ててきたのは自分だと、声高らかに主張した。
けどその父は、母親が出て行った日、俺を指さし、何でコイツも一緒に連れて行かなかったのかと嘆いていた。
食事なんてろくに作ってもらった記憶はなく、好きなものを食べろと現金だけを渡された。
俺を手放したくないのも、養育費をせしめて喜ぶあの女の顔を見たくないからだろう。
それ以来、たまに母親がやって来ては、こうして話し合いという名の罵倒が繰り返されている。
その間、俺はいつも蚊帳の外だが、俺だって二人とは関わりたくないからちょうどいい。
部屋に入り戸を閉めても、尚も二人の声は聞こえてくる。そんな雑音を振り払おうと、俺はベースを取り出し、指の動きを確認する。
(文化祭も近いし、もっと練習しないと)
これに集中している間だけは、両親の声も遠ざかるような気がした。
両親の口論は夜中まで続き、それが終わっても、俺はベースの練習をやめなかった。
やめたらその瞬間、また両親の声が聞こえてくるような気がした。


