階段から落ちそうになった私は、結果から言うと、なんとか無事だった。
咄嗟に壁に手をついて、自分の体を支えていたから。
（た、助かった……）
あのまま階段から落ちていたらと思うとヒヤリとするし、無傷で済んだのが嘘みたい。
体が勝手に動いたなんて表現があるけど、まさにそれがピッタリ。実は、そんなおかしな感覚はまだ続いていて、なぜか指一本だってまともに動かせなくなっていた。
まるで、自分の体じゃないみたい。
（私、どうしたんだろう？）
そう思った時、ユウくんの声がした。
『藍、大丈夫？ 怪我は無い？』
（う……うん）
さっきまで逃げていたのも忘れて返事をする。
そこで、おかしなことに気付いた。
声を出そうとしても、口はちっとも動いてくれない。なのに言葉が、耳じゃなく頭の中に響いている。
ユウくんの声も、頭の中に直接流れ込んできていて、まるでテレパシーで会話をしているみたいだ。
そして、おかしなことがもうひとつ。ユウくんの姿が、どこにも見えない。
（ユウくん、どこにいるの？）
相変わらず、頭の中に声が響く。
その声はユウくんにも届いているようで、すぐに返事があった。
『えっと……俺もよく分からないけど、たぶん藍の中』
（へっ？）
言ってる意味が分からなくて、間の抜けた声を上げる。
その時、私の体をすり抜けて、弾かれたようにユウくんが飛び出してきた。
「きゃっ！」
今度は、ちゃんと口が動いて、声が出る。
同時に、失われていた体の自由が戻ってくる。
「な、何が起きたの？」
ペタリとその場に座り込んで、ユウくんを見る。私の中にいるって、そのままの意味だったの？
幽霊は物をすり抜けられるから、人間の中に入るのだって不可能じゃないけど。
すると、そこでユウくんが言う。
「もしかして、俺は藍に取り憑いていたのか？」
「取り憑く!?」
それって、私の体の中に入って、自由に動かしてたってこと？
びっくりするけど、確かにさっきのは、まさにそんな感じだった。
驚く私に向かって、ユウくんが詰め寄ってくる。
「まあ、そんなことはどうでもいいや。それより、本当にどこもケガしてないか？ ぶつけたりとかは？」
どうでもよくはない気がするけど、それを言う気にはなれなかった。
ケガがないか何度も聞いてくるユウくんが、とても不安そうにしていたから。
「大袈裟だよ。階段から落ちそうになっただけじゃない」
そう言って、だけどすぐにハッとする。
ユウくんは、階段から落ちて亡くなったんだ。しかも、その現場はまさにこの場所だ。
「……ごめんなさい」
無神経なことを言ったのと、心配をかけたこと、その両方に謝る。
けどユウくんは、ケガが無いとわかってホッとしていた。
「いいんだ。無事で良かった」
改めて、すごく心配していたんだとわかる。
そんなユウくんを見てると、これ以上逃げるなんてできなかった。
「なあ。俺と、話をしてくれないか？」
「うん……」
ユウくんの言葉に、静かに頷く。
とはいえ、気持ちが楽になったわけじゃない。これから何を言われるかと思うと、緊張で体が固くなる。
そして、緊張しているのはユウくんも同じかもしれない。
恐る恐るといった感じで、尋ねてきた。
「もしかして、俺の家の事情、知ってる？」
「──っ！」
それは、昨日ユウくんの話を話を聞いて、すぐに頭に浮かんだこと。そして、ユウくんの前では絶対にしちゃいけないって思ったことだった。
だからこそ、不自然にユウくんを避けていた。
だけど、ここで嘘をつくなんてできなかった。
「……知ってる」
たったそれだけを言うのが、とても怖かった。
その途端、ユウくんの顏には悲しみの色が広がり、がっくりと肩を落とす。
「そっか……藍には、知られたくなかったんだけどな」
その落ち込み用は、見てるこっちが痛々しくなるくらいだった。
昔、ユウくんの家であった出来事。それが、彼の心に大きな傷をつけているのだと、嫌でも思い知らされた。
咄嗟に壁に手をついて、自分の体を支えていたから。
（た、助かった……）
あのまま階段から落ちていたらと思うとヒヤリとするし、無傷で済んだのが嘘みたい。
体が勝手に動いたなんて表現があるけど、まさにそれがピッタリ。実は、そんなおかしな感覚はまだ続いていて、なぜか指一本だってまともに動かせなくなっていた。
まるで、自分の体じゃないみたい。
（私、どうしたんだろう？）
そう思った時、ユウくんの声がした。
『藍、大丈夫？ 怪我は無い？』
（う……うん）
さっきまで逃げていたのも忘れて返事をする。
そこで、おかしなことに気付いた。
声を出そうとしても、口はちっとも動いてくれない。なのに言葉が、耳じゃなく頭の中に響いている。
ユウくんの声も、頭の中に直接流れ込んできていて、まるでテレパシーで会話をしているみたいだ。
そして、おかしなことがもうひとつ。ユウくんの姿が、どこにも見えない。
（ユウくん、どこにいるの？）
相変わらず、頭の中に声が響く。
その声はユウくんにも届いているようで、すぐに返事があった。
『えっと……俺もよく分からないけど、たぶん藍の中』
（へっ？）
言ってる意味が分からなくて、間の抜けた声を上げる。
その時、私の体をすり抜けて、弾かれたようにユウくんが飛び出してきた。
「きゃっ！」
今度は、ちゃんと口が動いて、声が出る。
同時に、失われていた体の自由が戻ってくる。
「な、何が起きたの？」
ペタリとその場に座り込んで、ユウくんを見る。私の中にいるって、そのままの意味だったの？
幽霊は物をすり抜けられるから、人間の中に入るのだって不可能じゃないけど。
すると、そこでユウくんが言う。
「もしかして、俺は藍に取り憑いていたのか？」
「取り憑く!?」
それって、私の体の中に入って、自由に動かしてたってこと？
びっくりするけど、確かにさっきのは、まさにそんな感じだった。
驚く私に向かって、ユウくんが詰め寄ってくる。
「まあ、そんなことはどうでもいいや。それより、本当にどこもケガしてないか？ ぶつけたりとかは？」
どうでもよくはない気がするけど、それを言う気にはなれなかった。
ケガがないか何度も聞いてくるユウくんが、とても不安そうにしていたから。
「大袈裟だよ。階段から落ちそうになっただけじゃない」
そう言って、だけどすぐにハッとする。
ユウくんは、階段から落ちて亡くなったんだ。しかも、その現場はまさにこの場所だ。
「……ごめんなさい」
無神経なことを言ったのと、心配をかけたこと、その両方に謝る。
けどユウくんは、ケガが無いとわかってホッとしていた。
「いいんだ。無事で良かった」
改めて、すごく心配していたんだとわかる。
そんなユウくんを見てると、これ以上逃げるなんてできなかった。
「なあ。俺と、話をしてくれないか？」
「うん……」
ユウくんの言葉に、静かに頷く。
とはいえ、気持ちが楽になったわけじゃない。これから何を言われるかと思うと、緊張で体が固くなる。
そして、緊張しているのはユウくんも同じかもしれない。
恐る恐るといった感じで、尋ねてきた。
「もしかして、俺の家の事情、知ってる？」
「──っ！」
それは、昨日ユウくんの話を話を聞いて、すぐに頭に浮かんだこと。そして、ユウくんの前では絶対にしちゃいけないって思ったことだった。
だからこそ、不自然にユウくんを避けていた。
だけど、ここで嘘をつくなんてできなかった。
「……知ってる」
たったそれだけを言うのが、とても怖かった。
その途端、ユウくんの顏には悲しみの色が広がり、がっくりと肩を落とす。
「そっか……藍には、知られたくなかったんだけどな」
その落ち込み用は、見てるこっちが痛々しくなるくらいだった。
昔、ユウくんの家であった出来事。それが、彼の心に大きな傷をつけているのだと、嫌でも思い知らされた。
