伝えたい想いは歌声と共に

近くに住んでる中学生が亡くなった。
 学校が終わって、寺をやってる自分の家に帰った時、住職である親父がそう言っていた。
 これから葬式があるからと、袈裟を着て準備をしていた。
 寺をやってると、そういう悲しい知らせを聞くことはたまにある。そうかと頷いた次の瞬間、自分の耳を疑った。
「有馬優人って子だ」
 …………は、嘘だろ? アイツが亡くなった?
 俺にとっては、藤崎にちょっかいを出す邪魔をするムカつくやつ。けど、死んでいいなんて思えるはずがない。
 次に考えたのは、藤崎のことだった。
(藤崎、今頃どうしてる?)
 俺だってこんなに驚いたんだ。アイツのことが大好きな藤崎が、平気なはずがない。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。
「俺、ちょっと出掛けてくる!」
 葬式があるってことは、藤崎も絶対来てるはず。そう思って、アイツの家の場所を聞いて向かった。
 そして、思った通り藤崎はいた。
 いや。家の前にはいたけど、決して中に入ろうとはしていなかった。亡くなったアイツの姿を見るのが嫌なんだってのは、なんとなくわかった。
 そんな藤崎に向かって、恐る恐る声をかける。
「ふ、藤崎……」
 こっちを見た藤崎の目からは、たくさんの涙が零れてた。俺が意地悪した時よりも、ずっとずっと泣いていた。
 それを見て、何も言葉が出なくなる。
 けど藤崎は、俺を見たとたん叫んだ。
「ねえ三島、三島って幽霊が見えるんでしょ。だったらユウ君の幽霊だって見えるよね!」
「えっ?」
「お願い、ユウくんに会わせて!」
 何言ってるんだ。
 一瞬そう思ったけど、すぐに気づく。幽霊が見えるとか、死んだやつにもいつでも会えるとか、俺が何度も言っていたことだ。
「お願い……」
 何度も何度も頭を下げる藤崎。
 けど俺は、幽霊が見えることはたまにしかないし、自由に会えるなんて、完全に話を盛っていた。
 だから、こう言うしかなかった。
「……嘘だよ」
 その瞬間、今まで頼み続けていた藤崎の声が止まる。もう十分すぎるくらい泣いていたはずなのに、まだ涙が溢れてくる。
「幽霊なんているわけないし、そんなのが見えるなんて、嘘に決まってるだろ。お前、本気で信じてたのかよ」
 たまになら幽霊を見ることはできるけど、それを言っても何にもならない。なら、余計な希望なんてやらずに、全部を嘘ってことにする。
「う……うわぁぁぁぁぁっ!」
 藤崎は、もう俺のことなんて見もしないで、ただ声をあげて泣いていた。それを見て、ズキズキと胸が痛む。逃げ出したくなる。
 けど、このまま藤崎を傷つけただけで、泣いてるのを放っておいて帰るなんてできなかった。
 泣くのにも疲れて、勢いが弱くなってきたところで、ようやくまた声をかける。
「あのさ……死んだやつには、普通は会えないんだよ。どんなに会いたくても、二度と」
 少しだけ、ほんの少しだけ、藤崎の体が動いた。相変わらずこっちを見てはくれないが、ちゃんと話は聞いている。
「アイツも多分、みんなに会えなくなって寂しいと思う。お前が会いに行かなかったら、すごく心配すると思う」
 藤崎がアイツのことを大好きなように、アイツも藤崎のことをすごく大事にしてるのはわかってる。
 だから、このまま藤崎が泣き続け、中に入れないなんて、お別れも言えないなんて、そんなのはダメだと思った。
「お前、いいのかよ。このまま、最後に顔を見ることなく終わっても」
 藤崎は、長い間黙ってた。だけど、ボロボロと涙をこぼしながら、言う。
「……嫌だ」
 そうだよな。藤崎だってこのままでいいわけがない。だから、背中を押してやらないと。
「どうする? 行くか、アイツのとこ」
「…………行く」
 そうして俺たちは、一緒に家の中に入っていく。
 藤崎が、アイツに最後のお別れを言うために。
「三島、ありがとう」
 藤崎に礼を言われたことなんて、これが初めてだった。
 それから藤崎は、棺に入れられたアイツを見て、やっぱり泣いた。その場にいた誰よりも泣いた。
 それから色々あって、どういうわけかアイツの使っていたベースをもらっていたけど、この日の事は今もよく覚えている。
 まさか、何年も経ってアイツの幽霊と再会するとは、思ってもみなかった。
 そして今、藤崎はそのアイツと何かあって、落ち込んでいる。
 そんなの、黙っていられるわけねえだろ。
「また藤崎を泣かせたら、許さねえからな」
 そう呟きながら、俺は軽音部部室の前に立った。