私達は店を出てから、近くの公園まで走ってきた。

私は息を切らしその場にしゃがみ込む。

反対に蜂屋くんは全く疲れている様子はなく、涼しい顔で夜空を見ている。

私はその姿をじっと見つめた。

それに気がついたのか、夜空を見たまま彼は言った。

「疲れたなら、そこ座ってください」

すぐ近くにあったベンチのことを言ったのだろう。

さすがに疲れてしまったので、言われた通りベンチに座らせてもらう。

一息ついた私は、蜂屋くんにおそるおそる聞いた。

「ねえ、どうして助けたの?友達でなんでもないんだから、ほっとけばいいのに」

「…まあ、普通はそうするだろうな」

「だったらなんで…!」

はっきり言ってくれない蜂屋くんムカついて、私は少し声を荒げた。

その時、彼はやっと私の方を見た。

その表情は何も表していなくて、まさに無表情だった。

私は少しだけ怖気付く。

「あなたに憧れだから。あん時、なぜかムカついた」

「なぜかって…」

ああ、どうして今日に限ってこんなに視界がきれいなんだろう。

“憧れ”って言葉が妙に残ってしまって、私は顔が赤くなった。

「なんで私…?」

私はニュースなどで一方的に蜂屋くんを知っていた。

だけど、今年入学してきた蜂屋くんが私と接点なんてない。

「覚えてません?俺と七瀬先輩って…いや、なんでもないです」

「え…」

「覚えてないっすよね。それはもういいです。でもこれからはペアなんだから、俺のこともっと知ってください。あと、七瀬先輩のことも教えてください」

その言葉のどこに心が揺れたのかは分からない。

でもただ嬉しくて、私は涙を流した。

その涙を拭いた蜂屋くんの表情は、とても明るいものだった。

『蜂屋くんって誰にでもクールなんですよ。ちょっと冷たいって言われてるんです』

そんな噂とは正反対の優しい人が、この人なんだと思った。

もっと知りたい、もっとこの人に近づきたい。

そんな衝動にかられた私は、彼に言った。

「あたし、苗字で呼ばれるの嫌い」

「…そうなんですね。じゃあ、初音先輩って呼びます。俺のことも名前で呼んでください」

「うん。分かったよ、雪那」

雪那はまた嬉しそうに笑った。

またさっきと同じように胸が痛いけど、それが今は心地いい。

「送りますよ、危ないし」

そう言って差し出された右手を、私はつかんだ。

「ありがとう」

私はその時心から嬉しいと感じた。

その後私達は早くも家に着いてしまった。

「ここだよ、私の家。送ってくれてありがとね」

「いえ、このくらい。それじゃあまた明日ですね」

「あ、そっか…。うん、また明日」

明日から同じ寮の部屋で暮らすと思うと、意識してしまって顔が見れない。

少しの間の沈黙が訪れてから、雪那は私の耳元で言った。

「これからは俺を頼れよ。おやすみ」

「っ…?!」

さっきと違う雪那の雰囲気にドキドキさせられて、私は彼をさらに意識した。

耳をおさえて顔を真っ赤にさせる私を見て、雪那はクスッと笑った。

心臓がうるさい。

そのまま雪那は来た道を戻っていった。

その背中を見て、私は言った。

「また明日!おやすみ!」

雪那は振り返らずに手を振ってくれた。

それだけで十分だ。

その後部屋に戻るまでの記憶はなくて、ドキドキする心臓のせいでなかなか眠れなかった。

でも、どうしてか私は楽しいと思ってしまったんだ。