ほとんど音にならない声。
晴だ。
前に立たない。
庇わない。
私と相手の間に、“隙間”だけを作る。
私は、息を吸う。
震える指を、ぎゅっと握る。
晴が、ちらりとだけこっちを見る。
「……考えるな」
小さく。
でも、はっきり。
私は、頷いた。
もう迷わない。
人を傷つけるためじゃない。
立ち続けるため。
私は、もう一度、前を見る。
――今度は、止まらない。
そう決めた瞬間、世界の音が少し遠のいた。
晴が作ってくれた、ほんの一拍。
その“間”に、私は踏み込む。
考えない。
感じない。
当てる。
拳を、真っ直ぐに出した。
鳩尾。
鈍い手応えが、拳に返ってくる。
相手の息が、一気に抜けるのが分かった。
体が折れて、力が抜ける。
――当たった。
胸の奥で、何かが弾けた。
怖さが消えたわけじゃない。
でも、もう足は止まらない。
横から、別の影。
私は反射で距離を詰め、肘を畳む。
顔じゃない。
体勢を崩すだけ。
相手がよろけた瞬間、足を払う。
倒れる音。
後ろ。
振り向くより先に、気配で分かる。
私は身を沈めて、腕を取る。
引く。
捻る。
相手が声を上げる前に、地面に転がった。
呼吸は荒い。
でも、止まらない。


