「六花」
夜風の中、結翔の声がした。
「ん?」
「よく頑張ったな」
ふいにそんなことを言われて、胸の奥がきゅっとなる。
「……うん。がんばった」
素直にそう言えた。
自分で、自分のことをちょっとだけ誇れる気がした。
それが、嬉しかった。信号で止まったとき、結翔が小さく振り返る。
「明日も、来るんだろ?」
「うん。行く」
迷うことなく答える。
もうすぐ家に着いてしまうのが、なんだか少し寂しかった。
ほどなくして、バイクが家の前に停まった。
少し古くて狭いアパート。
恥ずかしくて、学校の友達も呼んだことがない。
それなのに、今日初めて会った男の子に家を見られてしまった。
でも、不思議と恥ずかしさは感じない。
ヘルメットを外して結翔に返すと、彼は受け取りながらちらっと私を見た。
「ちゃんと休め。筋肉痛、絶対くるからな」
「うん、分かってる。ありがとね、ほんとに」
「あぁ。」
ぷいっとそっぽを向いてしまったけど、これはきっと照れてる。
「じゃあ、また明日」
「おう」
別れ際に軽く手を振ると、バイクはすぐに方向転換して、夜の道へと戻っていった。
テールランプがだんだん遠ざかっていく。
その赤い光を、私はしばらく見送っていた。
今日という一日が、ほんとうに――忘れられない日になった気がした。
アパートの階段をゆっくり上がる。
足が思うように上がらなくて、一段登るたびに小さく息が漏れる。
――筋肉痛、絶対くるからな。
結翔の声を思い出して、ふっと笑ってしまう。
ほんとに、くる。明日はきっと地獄だ。
鍵を開けて玄関に入ると、狭いけれど落ち着く自分の部屋。
靴を脱ぎ捨てると、もう立っていられなくて、そのまま床に座り込んだ。
しん、とした空気に、今日のいろんな感情がぶわっと蘇る。
凛月の本気。
みんなの優しさ。
負けて悔しかったこと。
そして――結翔の後ろ姿。


