「ただいまー」
お母さんが仕事で留守にしているので、返ってくるのは沈黙だけだ。
リビングのど真ん中に荷物を鎮座させて、テレビとエアコンをつけて制服姿のままキッチンに立つ。
レトルト食品入れの棚を漁っていると、カップ焼きそばがあった。
電気ケトルに水を入れてスイッチをオンにして、キッチンから移動することなくそのままリビングの方に身を乗り出してテレビを見つめる。
『東京は危険な暑さに見舞われ…』
アナウンサーの声と同時に、ビル群に日光が強く射す映像が流れる。
じっと見入っていると蝉の声が響く公園に映像が切り替わった。
『「子供を遊ばせるのもちょっと心配ですよね、立ってるだけで汗びっしょりですし…」』
ボブカットの母親が口元を手で押さえながらインタビューに愛想よく応じている。
その様子をじっと見ていると、意識の端でカチッという音が聞こえた。
電気ケトルの水は透明な窓の中でゴボゴボと暴れている。
私はかやくをカップに入れて、電気ケトルの熱湯を勢いよくカップの中に注ぎ入れた。
ちなみに私は固めが好みなので、表示時間よりも30秒ほど早くキッチンタイマーを設定してスタートボタンを押した。
「いやっふー」
麺がゆであがるまで時間をつぶそうと謎の奇声を発しながらソファに座り、テレビを見ることにする。
ソファの前に配置されたガラス製のローテーブルに置かれていたリモコンを手に取って右左キーをカチカチ押し、地上波の番組表を操作する。
平日の昼はニュース番組や胡散臭い通販番組ばかりであまり気分が上がらない。
リモコンの青いボタンを押してBSに切り替える。
カチカチと右左キーを押していると、暇つぶしにちょうどよさそうな駅ピアノを特集した番組を見つけたので何も考えないまま決定ボタンを押した。
『パリの空港には立派なグランドピアノがあり、誰でも弾いていい、いわゆるストリートピアノというやつです』
ナレーションの女性の少し低い声が鼓膜をやさしくなでる。
誰でも弾いていいって言われても多分私は弾かないよなぁ、とそのナレーションの女性に勝手に突っ込みを入れる。
ナレーションの女性に突っ込むのに飽きたら、いつか私がショッピングモールで見かけた黒光りするつやつやのグランドピアノを思い出したりする。
そんなふうにして駅ピアノの番組を見ているとキッチンタイマーが静かなリビングに鳴り響いた。
「んんっ」
軽く咳払いしながら私はソファから立ち上がってフィルムをはがし、カップ焼きそばの水切り口を作る。
カップ焼きそばの角を持って、シンクにお湯を流すと、ぼごんとシンクが悲鳴を上げた。



