「よし、誰もいないな」
部長の姿が見えないのを確認し、わたしは楽器ケースと譜面台を床に置いた。
「縄野さん、協力してくれない?」
わたしは、自分の左側でトランペットにバルブオイルを差している縄野柚音に声をかけた。
「協力ってなに?あたしにできることならやるけど」
くるくるとバルブオイルのキャップを回しながら、興味を持ってくれた彼女に少し安堵する。
「私の友達――澄羽っていうんだけど、その子が、夏休みの写真コンクールで撮る写真で写ってもらう人を探してて。」
「そーなんだ。あたしはいいけど、あたしひとりでいいの?」
譜面台にかけた巾着にバルブオイルを片付け、縄野柚音が顔を上げる。
「えっと、あと男子ひとりに協力してほしいらしくって」
「何人かにとりあえず当たってみる。あとあたし、ソロ辞退するから。」
あまりにもさらっと言われ、一瞬わたしは聞き逃しそうになってしまった。
呆然としていると、聞こえていないと思われたのか大きな声でゆっくり繰り返された。
「ソロ、辞退するの。もう顧問に話してるし、部長にも今日のパート練で言う予定。森村さん、頑張ってね」
そう言って彼女は何食わぬ顔でマウスピースを唇に当てて、ぷーぷーと吹きはじめた。
「まじかぁ…」
思わず深いため息をつくと、縄野柚音がちらりとこちらを見やり、どこか硬い笑みを浮かべた。
「急にごめんだけど、もう決めたことだから」
わたしは俯き、自分にすら聞こえるか怪しいほどの小さなため息をついた。



