1年生が廊下にずらっと並んで「こんにちはー!」と元気よく挨拶している。
わたしはいつも通り、「こんにちはー」とできるだけ愛想よく1年生のあいさつに応じる。
3年の先輩があらかじめ開けておいてくれた第1音楽室は冷房が効いていて、むしろ寒いほどだった。
いつもの席に荷物を下ろして肩をぐるぐる回すと、「あの、碧依先輩…」と黒いファイルを持った玲佳ちゃんが近づいてきた。
「なに?」
「ここの臨時記号?がよくわからなくて…ここってEですかね?」
彼女が指さした黒い音符と小節の前を照らし合わせる。
「うん。Eで合ってるよ」
「ありがとうございます!」
ぺこっと玲佳ちゃんがお辞儀をすると、彼女の動きに合わせて丸みを帯びたボブがさらりと動いた。
玲佳ちゃんがピンク色の筆箱からシャーペンを取り出して譜面に書き込んでいるのを見たわたしは、ふと思い出した。
そういえば澄羽に余ってる楽器を使わせてほしいと頼まれていたんだった。
黒板にパート練の教室振り分けを書いている部長に近づき、「あの、鍬田部長…」と声をかける。
「どうしたの?」
柔らかな声に、わたしはほっと安堵した。
「余ってる楽器ってあったりしますか?わたしの友達の写真部の子が楽器を撮影に使いたいって言っていて…」
黒板についている光沢のない銀色の粉受けにチョークを置いて、「全部、1個か2個かは余ってるけど、動くかはわかんないよ」とさらっと言い放つ。
「それでもいいです!」
「いついるの?」
部長にそう問われ、わたしは自分の過ちに気付いた。
「友達に聞きそびれてしまいました…」
「部室のどっかに固めて置いてていい?」
部長が準備室につながる扉の方を指さす。
「おねがいします。」
わたしは律儀に部長に頭を下げ、逃げるようにその場から退散した。



