姫君の憂鬱―悪の姫と3人の王子共―


私が呆然としているのを見て、近江涼介は心配そうに僅かに目を細めるが静かに話をし続ける。

「――理由は、」

私を気遣うような、それでいてはぐらかさないでちゃんと説明しようとしているような優しくて芯のある声色。
指先が冷たくなった私の手を、掬い取ってぎゅっと握った。

「……あの家から離れたくて。」


近江涼介の顔は真剣だ。

その目は決意を宿していて、勇気を出して踏み出そうとしている思いが伝わってくる。

「あの家にいると、俺はどうしても自分じゃない人間を演じ続けてしまう。
ちゃんと距離をとって、俺が“俺”でいられるようになりたい。

……胸を張って、俺らしく姫の隣にいるために。」

――あぁそれは、すごくすごく嬉しいことだ。

近江涼介が自分のための選択をしたことが嬉しい。
前向きに未来を見ていることが嬉しい。

そこに私がいることもすごく嬉しい。

だから、喜んで躊躇いなくその背中を押したい。



「あ、れ……?」

ぱたっと繋いだ手の上に水滴が落ちる。

それが自分の目から溢れているのだということに気付いた時にはポロポロと涙が落ち続けていた。

「何これ……待ってね、こんなのおかしいから。
目に特大のゴミが入ったのかも。もう直ぐ止まるはずだから!」

繋いでいた手を振り払って、必死に涙を拭う。
それでも垂れ流し続ける洪水に追いつかない。


不意に近江涼介の手が伸びてきて、私の髪を雑に、そのくせものすごく優しく掻き乱す。

“いいよ”って言われたみたいで胸が詰まって、奥にしまっていた気持ちが一気に決壊して溢れ出した。