勇んで向かったのはひとり教室の隅でマネキンみたいになっている近江涼介のところだ。
今日は何もせず気怠げに頬杖をつきながら壁を見ている奴の目の前まで来ると、仁王立ちしてその後ろ姿を見下ろす。
クセひとつない艶やかな黒髪が覆う白いつむじを見下ろして、にっこりと可愛く笑顔を作って声を掛けた。
「おはよう、近江くん♡ご機嫌いか――……」
(がッ!!!)
言い終わる前に近江涼介がこっちを向く。
伏し目がちな切れ長の目と視線がぶつかると、心臓に衝撃が走って一気に緊張が高まった。
「何?」
近江涼介の無表情に不審がっている雰囲気を感じる。
こちらはと言えば平常心じゃいられなくて、異常なほど視線が左右に揺れて変な汗までかいてきた。
足元がぐらぐら揺れている気がする。
頭の中もグルグルしている。
これは、これは……
「せ……」
震える唇からやっとの思いで言葉を絞り出す。
「戦略的撤退!!」
頑張って絞り出そうとしすぎて音量調節を間違えた。
私の大声にクラスメイトが驚いてこちらに注目しているのも気にしないで、一目散に自席に逃げ帰る。
取り残された近江涼介は不可解な顔をしているし、広瀬真も「なんなんだよ……」とヤバイ奴を見る目で私を見てくる。
「……ふーむ、これは……。」
気配を消して終始静観を貫いた榛名聖だけが何かを察知し、そして考えているような仕草を見せていた。



