姫がいなくなった空き教室は、静まり返って張り詰めている。
涼介は走り去る姫の後ろ姿を目で追うことすらしない。
すぐに読書に戻ったので、真は堪らず口を開いた。
「追わなくていいのかよ?」
「アイツの用事に着いて行く必要ないだろ。」
自分の問いにとぼけた解答をする涼介に、カッとなる。
「あんなの嘘に決まってんだろ!
……つか、わかってんだろ涼介なら!」
涼介の表情は変わらない。
でも、本から視線が真へと動いたから、思うところはあるのだろう。
空気をヒリつかせる2人の間に座る聖は、唇に薄く微笑みを浮かべながら事の成り行きを静観している。
“ひーちゃんはちぐはぐな心と理性の間で苦しむことになる”
そう真に教えて蒔いた種が芽吹いた今、
涼介の固い意志が動くも良し、真が行動を起こすも良しと考えているからだ。
「……アイツは……、
姫は、ずっと友達でいることを望んでる。」
「!」
真の目を貫くように真っ直ぐ見つめてそう言った涼介に、意志の揺らぎはほんの少しも感じられない。
姫との約束を貫くだけ。
そんな気持ちの表れだ。
沈黙の中で、風が窓を叩く音がする。
涼介の顔がほんの少しだけ曇った。
「今のアイツの望みは変わってると思うけど。」
そう言った真が先に目を逸らした。
姫の望みを固く守ろうとする涼介の意志の強さに負けた気がして。
それから、“今の姫の望み”を認めるのが辛いから。
「変わってない。
少し環境が変わって、今はただ戸惑っているだけだ。」
「そんなわけ……!」
「ない」と言いかけた言葉が喉の奥に引っ込んだ。
クリスマスイブのあの日、カップルに間違われた後の姫は明らかに落ち込んでいた。
姫は俺達との“友達関係”を何より大切にしている。
友情より恋愛感情の方を優先すべきなんて事はない。
姫が今苦しんでいるからと言って、望むものが恋の成就とは限らない。



