「……その時は辛かった?」
「辛かった……わね。
貴方達のことは可愛くて大好きだったけど。」
それは私たちへの配慮なのか、本音なのか。
質問を繰り返すごとに母親の目は悲しそうに揺れていく。
「それで“あの人”に恋したの?」
「…………そうね、私の気持ちを誰よりもわかってくれたから。」
「その人は、私達よりも大切だった……?」
その問いに、お母さんは初めて眉根を寄せて俯いた。
『あの子達の母親でいたいなら離婚はしなくても構わない。
ただ、子ども達は傷ついて君に会うことすら拒否しているから離れて暮らそう。』
『もういいんじゃないかな、樹里さん。
お子さん達だってきっともうずっと前に立ち直っているよ。』
頭の中では、夫に当時言われた言葉とここに来る前に彼氏に言われた言葉が浮かぶ。
会えなくても離婚を選ばなかったのは、子ども達と繋がっていたかったから。
それを言わない強がりは、娘の性格とよく似ている。
「そうね、そう……。
だから今日は、貴方達にさよならをしに来たの。」
さっきまでグラグラ揺れていた、私にそっくりの目に今、揺らぎはない。
私の背後で話を聞いていた傑兄ちゃんの怒りが再熱して動きかけたのを、渉兄ちゃんが腕を引っ張って制止した。
“さよなら”……。
血の繋がった家族なのに、もう会わないということか。
それでもこの事実を悲しく思わないのは、私がちゃんと向き合えたからだろうか?
「――最後にもう一つ聞いていい?」
お母さんは静かに頷く。
私は改めて姿勢を正して、真っ直ぐその目を見つめた。
「お母さんは、今幸せ?」
その言葉にお母さんは大きく目を見開き、しばらく考える様に黙り込む。
次に顔を上げた時、心から笑ってこう言った。
「幸せよ、とてもね。」
何か一つ壊れたからって、全てが終わるわけじゃない。
お母さんがいなくなった後の私達も、ちゃんと幸せだったと思う。
例え落ち込んでも立ち直って、幸せはまた探せばいい。



