お互い仕事人間ですれ違い生活ではあったんだろうけど、それでも夫婦の絆はちゃんとある関係だと思っていたのに。
……それに、兄ちゃん達が少しも動揺していないのを見ると、
このことを知らなかったのは多分私だけだったんだ。
「なんで離婚しなくちゃいけないの?
今までだって離れ離れだったけど家族でいたでしょ?
兄ちゃん達はこうなることわかってたの?なんで海外赴任なんて嘘……」
――いや、嘘をついた目的は知っている。
でも、何を隠すための嘘だったのか、それが知りたい。
「それは……」
言うべきか迷っているのだろう、傑兄ちゃんが口を開きかけて閉じた。
それを見ていた母親が、「しょうのない子ね」とでもいうかの様に苦笑して代わりに口を開いた。
「お母さんにはね、好きな人がいるの。もう10年以上一緒に暮らしてる。
その人とちゃんと一緒になるために離婚したいのよ。」
脳みそを直接殴られたみたいな衝撃が走る。
目が揺れて視界が点滅を繰り返す。
突然、ずっとしまい込んでいた記憶が一気に溢れ出した。
――――
――……
小学1年生だった私だけが、午前授業で学校から帰ってきた昼下がり。
薄暗い廊下、リビングのドアを開けた先。
所帯じみたエプロン姿の母親が、スーツを着た知らない男と抱き合い唇を重ねている姿を見てしまった。
驚く男、動じず微笑む母親。
……そして私に近づき身を屈めて視線を合わせると、男を抱きしめていたその手で私の頭を撫でる。
『お母さんはね、あの人に恋をしているの。
このことは、お母さんと姫だけの秘密だよ。約束。
――そうしないと、家族がバラバラになっちゃうからね?』
それは、屈するしかない脅しだった。
“恋”は、私から家族を奪っていく。
“恋”をしたら、大切なものを失ってしまう。
見なかったことにしよう。忘れてしまおう。
そしたら全部が元通りになるはずだから。
……そう思い込んだのに、そのあと数ヶ月足らずで母親は“海外赴任”で私達の元からいなくなってしまった。



