香りが導くその先に

 マーケット内の小さなカフェ。氷の入ったレモングラスティーが、グラスの縁を濡らしている。
 互いに言葉を探すように、何度も目を合わせては逸らしてを繰り返した。再会の喜びで満たされた心の隅には、切なさの欠片が残っていた。

「どうして何も言ってくれなかったんですか?」

 紗奈は静かに問いかけた。
 店主と客、ただそれだけの関係でしかない自分には、知る権利がなかっただけなのかもしれない。

「正直、迷ってたんだ。君の顔を見ると決心が揺らぐと思ったから、黙って日本を離れた」

 思いも寄らない言葉が返ってきた。
 琉生の目は、テーブルの上の水滴をじっと見つめていた。

「あなたが決めたことに、私が反対すると思ったんですか?」

「いや、そうじゃない。ただ僕が……もしも、ほんの少しでも君が寂しがってくれでもしたら、僕が君を放っていけなくなると思ったんだ」

 その言葉は、店主と客以上の感情が含まれているように聞こえた。

「きっと私、ショック受けて大泣きしちゃって、あなたを困らせたと思います。でも、それと同じぐらい、話してもらえなかったことがショックでした」

 半年間、胸に抱えてきた切ない想いを口にする。

「君に行き先を伝えなかったこと、ものすごく後悔したよ。せめて行き先だけでも伝えてたら、もしかしたら会いに来てくれたかも、なんてちょっと考えたりもしたんだ。自惚れもいいとこだけど」

 紗奈は黙ったままグラスに視線を落とした。

「連絡先もわからないし、どこに住んでるかもわからない。たとえ日本に戻ったって、君に会える保証なんてどこにもないから……もう忘れるしかないと思ってたんだ。それなのに、またこうして会えた」

 再び顔を上げ、視線を真っ直ぐ琉生に向けた。

「偶然だとしたら、運命としか思えない……なんてね」

 琉生が冗談めかして笑った。

「笑わないでください!」

 紗奈の声に驚いたように、琉生が目を見開いた。

「――ふざけないでください!」

 溢れた涙が頬を伝う。

「何も聞かされないまま、突然あなたがいなくなって、どれだけショックで、辛くて寂しかったかわかりますか? 毎日部屋にバニラのお香を焚きしめて、あなたの店で買った雑貨に囲まれながら、ずっとあなたとの思い出にしがみついて過ごしてきたんです」

 半ば告白のような言葉だった。唇が震えていた。けれど、もう隠せなかった。