――ティナ。
昔からアルベルティーナの事をその愛称で呼ぶのは、両親とクラウスだけだ。だからその呼び方は彼女にとって特別で、とても大切で譲れない事だった。
仕事中はともかく、二人きりの時はどうしても、クラウスにはそう呼んで欲しかった。
クラウスがやっとティナ、と呼ぶと、彼女は何処かホッとしたような表情になった。クラウスも、さっきまでのかしこまった雰囲気から、肩の力の抜けたリラックスした感じに変わった。そして掴んでいたアルベルティーナの腕から手を離すと、そのまま長椅子にどっかりと座る。
「まったく……俺はお前の侍従なんだから、仕方ないだろ。いい加減に聞き分けてくれ」
アルベルティーナは澄ました顔でドレスの紐を結んだ。
「あら、そんなのいつでも辞めていいって、私もお父様も言っているじゃない。そうすれば、何の問題も無くなるわ」
「……そういう訳にはいかないんだよ」
今度はクラウスの表情が曇ってしまった。
アルベルティーナとクラウスは、実は幼馴染みだ。父親同士が親友で、二人は生まれた時からずっと一緒に過ごしてきた。
クラウスの父親、ラルフの治めるパレン家は先祖代々からの公爵家だった。両家はよく城とパレン家の屋敷を行き来し、やれパーティーだピクニックだ舞踏会だ、と交流を持っていた。
状況が一変したのは、アルベルティーナとクラウスが七歳の頃だった。パレン夫妻はクラウスを屋敷に残し、夫婦で遠乗りに出かけたが、不慮の事故でそのまま帰らぬ人となってしまったのだ。
そこからパレン家では壮大なお家相続争いが巻き起こった。


