女王陛下のお婿さま

 祖国の国王の印が入った、王族だけが使用する旅券と紹介状を所持しているので、素性の方は問題が無さそうなのだが……。

「私にその王子様のお相手をしろ、という事ですか?」

「そうだ。それにもし、お前も気に入れば……なあ、ティナ?」

 どうやらクリストフは、その王子をアルベルティーナの婿にどうかと考えているらしかった。ニコニコした彼の笑顔からそんな意図が透けて見えて、彼女はまた顔をしかめた。

「でもお父様、その方。隣国の王子なのでしょう? いずれ国に帰り、王位を継ぐのでは……」

「心配はいらぬ。王子は王子でも、兄君が八人もいるそうだ。彼が王位を継ぐ事はまず無いだろう」

 第九位の王子ならば、政略的に他国へ婿に出る事もよくある事だ。だから、婿を求めているハレルヤ王国にとって彼は、実に好条件なのである。

 しかし乗り気なクリストフとは反対に、アルベルティーナは顔をしかめたままだった。

 今までだって、こんな話はいくらでもあった。どこそこの貴族の息子を紹介するだとか、誰それの侯爵の息子と会ってみないかとか。舞踏会やパーティーだって、その為に参加させられているし。

 だけど今はまだ、誰かと結婚したりという事は、アルベルティーナには考えられなかったのだ。

 女王になってまだ二年。政もまだまだやる事があるし、やりがいもある。だから、こんな話がくるたびに、うんざりしてため息が出てしまう。

 それになにより……アルベルティーナの心の中には、大切な想いがあった。


 子供の頃からずっと、誰にも言わず大事に温めている、そんな想いが。

「――分かったわ、お父様。食事だけなら、その王子様とお会いします」

 しかしアルベルティーナは、ため息を吐きながらもクリストフの申し出を承諾した。

 女王の婚姻というものは、自分の我がままだけで決めてはいけない事なのだと彼女は思っていた。国の事を考え、国民の事も考え。誰もが幸せになれる結婚をしなければいけないと。

(私は、この国の女王なのだから……)

 アルベルティーナは父親ににこりと笑顔を向けながら、奥歯をぎゅっと噛み締めた。