それに三十路ではないと心の中で抗議する。四月になって早々に誕生日を迎えたばかりだが、まだ二十九だ。アラサーには違いないけれど、三十路ではない。

 宝瑠は無言のまま、ぐっと拳を握りしめた。

 声の主はなんとなく想像がつく。普段から勤務態度に甘えがあり、一度真面目に注意したことがある。そのことが彼女たちの癪に触ったのだろう。

 冷静にそう思ったところで、ふぅ、と低く息を吐き出した。

 なんで、と思ってしまう。偶然とはいえ、仕事で返せない鬱憤を、なぜこんな形で聞く羽目になるのだろう。とことんついていない。自分の不運を呪いたくなる。

「そういえば桃子、さっきチーフと話してなかった? カフェスペースにいたよね?」

 ……え?

 思い当たるふたり以外に、もう一人、いる……?

 桃子という名前にことさら反応し、宝瑠は耳をそばだてた。

「いたよー」と聞き慣れた、可愛らしい声が言う。

「今日の合コン、四ノ宮先輩もどうですか? って聞いてたの」
「げぇ、やめてよ」
「だって先輩ってばぜんぜん男っ気ないから、心配になっちゃって」
「要らないって、そういうお節介。それに来られたら来られたで場がシラけるじゃん」

「あはは」と桃子が笑い、「建前に決まってるでしょ」と答える。