手にした手帳を鞄に仕舞い、一度デスクから離れた。

 トイレに立ち寄り、個室の鍵を閉めた。また無意識に嘆息がこぼれる。

 ちょうどそのタイミングで女子社員が数人入ってきた。手洗い場の鏡と向かい合い、化粧ポーチを開けている。その音と甲高い会話を自然と耳で拾ってしまう。

「——でもさ、四ノ宮チーフって、ほんと隙がないっていうか。絶対、男に甘えるのとかムリなタイプだよね」

 ふいに、ドキン——と心臓が跳ねた。

「わかる。顔はそこそこ美人なのに、あんなにバリバリ仕事こなしたら男顔負けっていうか?」
「むしろ男と大差ないでしょ、強すぎてドン引き。可愛げとか皆無だもん」

 あはは、と笑い声が響いた。

「てか、佐伯がひそかに憧れてるの知ってる? あれウケるよね〜」
「ウケるウケる。仕事でもプライベートでも、てんで相手にされてないのに、マジ哀れ」
「もう女として枯れてるのに、“イイ女気取り”なのがほんと痛い」
「チーフって今年三十路でしょ? “こじらせアラサー”の典型じゃん」
「まあ、ああはなりたくないよねー」

 彼女たちの下卑た笑いを聞き、宝瑠は無意識に唇を噛み締めていた。好き勝手に言われているのが、たまらなく悔しい。