自分に関する話題を避けたくて、ついさっき思ったことを口にする。桃子はきょとんとし、大きな瞳を瞬いた。

「え、四ノ宮先輩ってそういうとこまで真面目なんですか?」
「……え?」

 彼女の発言に戸惑い、思わず眉を寄せる。桃子はクスッと笑みを浮かべた。ピンク色に引かれたルージュが妖しく弧を描く。

「恋愛と結婚は別ですよ? あたしは今からちゃんと、“結婚枠”をストックしてるんです。決まってるじゃないですか、保険、大事ですから」

 要するに、“リスク分散”だ。ファッション感覚で恋愛をする桃子の考えには、到底ついていけそうもない。

「そう」と無難な相槌しか返せなかった。

 再びデスクに戻り、宝瑠は仕事の続きに取り掛かった。

 淡々と目と手を動かし、ひと息ついたところで机上の時計に目をやった。そろそろ昼休憩だけど、今日はタスクが溜まっているため、まともな昼食が取れそうにない。

 サイドモニターには、宝瑠の同期が進めている案件の資料が開いたままになっていた。

 名前だけで活動する謎多きゲームクリエイター、『Aki(アキ)』——Z世代を中心に話題となっているようだった。

 宝瑠は何気なく視線を送っただけで、足元に置いた鞄に手を伸ばした。中から手帳を取り出す。午後イチの社内会議を終えたあと、企画提案のプレゼンで、クライアント回りが入っていた。

 手帳をめくると、“ナミキホールディングス訪問、15時”の文字が目に入る。胸の奥がじわりと重くなった。