久々津の声はくぐもっていた。その声色には「面倒くさいな」という感情が存分に込められていた。きっとため息もついているだろう。

 ガチャ、と鈍い音がして、室内の温度と匂いが、ふっと外に流れ出す。

 久々津は室内着姿だった。七分丈のサルエルパンツにダボっとしたTシャツを着ている。ほとんど日焼けのない肌に紺色のセットアップが映えて見えた。

 ハイライトの入ったウルフヘアは後ろでひとつに括られている。気だるげな表情と目つきで宝瑠を一瞥し、その視線が日葵へと移る。

「おかえり、ひま」
「ただいま」

 日葵はドアの前に立ち尽くしたまま、ちらっと上目遣いで久々津を見上げた。が、すぐに視線をそらして、今度は自分の足元をじっと見つめる。小さな唇がもぞもぞと動いているのに、声は出てこない。

「どうした?」と久々津が声をかけると、日葵は親指を袖の中に隠しながら、もう一度父を見上げた。その目は、ほんの少しだけ泳いでいた。

「あのね……パパ。しのみやさん、連れてきたの」
「……うん。見りゃわかる」
「し。しのみやさん、うちに……あがってもいい?」

 久々津の視線が再び宝瑠に向いた。

 二重の双眸(そうぼう)は深い湖のように澄んでいて、どこか艶めかしさすら覚えてしまう。宝瑠は絡め取られた視線を曖昧にずらした。