「……小野寺くん」

 宝瑠と同期の小野寺(おのでら)文也(ふみや)だった。コンテンツ推進課で課長代理というポストを担っている。歳も宝瑠とひとつしか違わず、今年で三十路だ。

 会社ではスーツ姿でも、今日はノーネクタイに薄手のジャケットを羽織ったラフな服装。白いシャツの袖を肘まで捲り上げ、肩からはノートPCらしき薄型のバッグを提げている。

「なに? 外回り中?」

 宝瑠が尋ねると、小野寺は「まぁそんなところ」と答え、肩をすくめた。シャツの襟元は微かに汗でにじんでいた。四月末の陽気は、少し動くだけで暑さを感じる。

「山王食品のさ、Akiの代打がなかなか決まらなくて」
「あ〜……ね、Akiのイメージでほぼ固まってたものね」

 やはりAkiに断られたのが、ずいぶんと(こた)えているらしい。「なぁ、四ノ宮」と小野寺に呼ばれる。

「連休明けになっても決まらなかったら……四ノ宮からもどっか口利きしてくれないか?」
「……うん。わかった」

 小野寺は、宝瑠の向かいでオムライスを食べる日葵を遠慮がちに見つめ、目を細めた。

「えっと……四ノ宮の姪っ子さん?」
「え、違う違う、そういうのじゃなくて」

 困った様子でへらっと笑う彼を見て、宝瑠は大袈裟に否定した。

「おじさん、だれー?」

 日葵が無邪気に首を傾げて尋ねる。小野寺は笑顔を引きつらせたまま、「お、おじさん……かぁ」と苦笑し、「もうそんな歳か」とぽつりと呟いた。