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天喜は宝瑠から目を逸らし、視線を下げた。
二度と戻りたくなかった。あのころの自分を思い出すと、傷口に火を当てられるような、鈍い痛みが蘇る。
俺も瑠奈のように、アイツをこの世から葬ってしまえば、なにかが変わったのか? そう思うこともあった。
天喜は過去を想起するように、しばし無言を貫いたあと、静かに口を開いた。
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——天喜の父親は、天喜が物心つく頃に他界した。それから数年、母はシングルマザーとして働き、天喜を育ててくれた。
天喜の家庭環境が劣悪に変わったのは、天喜が八歳を迎えたころだった。母の再婚が決め手となった。互いに子持ち婚。天喜に二つ年下の義弟ができた。
再婚してから数ヶ月は、普通の、どこにでもある家族として機能していた。
けれど、家庭内のちょっとしたルールや義父の躾と称した支配が、天喜だけを浮き彫りにした。
元より、幼いころから自由奔放で育った天喜は、思ったことはなんでも口にし、またマイルールや自身のこだわりを前提として生きるのが常だった。
しかし、それが義父の苛立ちを膨張させ、何かにつけて疎まれるようになった。



