遠目にその姿を見つめ、宝瑠も立ち去ることにした。

 ——「事故みたいなものですから」

 そう言い切る彼の淡白な表情が、妙に静かで。逆に忘れがたい印象を残した。

 *


「……みやさん……? 四ノ宮さん?」

 宝瑠はハッとし、慌てて顔をあげた。

 長テーブルを挟んだ会議室の空間で、再び息を吹き返す思いがした。

 向かいの交渉相手が、不思議そうに首を傾げている。ナミキホールディングスの常務を担う、並樹(なみき)慧弥(けいや)だ。

 しまった、ついぼんやりして。

 宝瑠は瞬時に状況を判断し、かすかに愛想笑いを浮かべた。

「お疲れのようですが……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。大変失礼いたしました」

 言いながら慌てて頭を下げる。

 クライアント先の、大事なプレゼンの場でぼんやりするなんて。普段ならあり得ないミスだ。しかも相手が相手なだけに、宝瑠は焦りからきゅっと下唇を噛んだ。

 並樹常務がプレゼン資料に目を落とし、ふっと頬をゆるめたのが視界に入る。

「よく練られてますよ、今回の」

 彼の予想外の反応に、宝瑠は「ほ、」と発して息を呑む。

「本当ですか?」
「ええ。前回こちら側が提示した条件を上手く取り入れて、四ノ宮さんらしい“遊び”が利いてましたよ。面白く仕上がってますね」