宝瑠は一瞬、言葉をなくした。家庭環境——その単語に、思い当たる節はまるでなかった。

「最悪っていうか、劣悪。精神的虐待っていうの? そういう扱いが瑠奈にとっての日常で」

 宝瑠は顔をしかめたまま、瞳を左右に揺らした。天喜の話を聞けば聞くほど、嘘なんじゃないかって気持ちが自然と湧いてくる。無神経な、ドッキリを仕掛けられているのではないか——そう疑いたくなる。

「瑠奈は高校に入ってすぐ、両親を事故で亡くしてる。未成年だから、親戚の家に引き取られて暮らしていたけど……そこでの扱いが人権侵害そのもの。まともに飯は食えないし、存在を否定されるのが瑠奈にとっての日常。唯一の心の支えが、宝と過ごした記憶だった」

 そう言った天喜の声は、どこか掠れていた。痛みを押し殺すように、カップの中のコーヒーを睨んでいる。

「けど、それでも、いつかは限界がくる。義理の両親の都合で、北海道に引っ越して。アルバイトも許してもらえない、高校にも行かせてもらえない。当然、携帯代が払えなくなるから解約するしかなくなる。宝との……唯一の連絡手段が途絶えて、劣悪な環境に耐えて……生きているのが辛くなったって、そう言ってた」

 宝瑠は天喜を見つめ、当時の瑠奈を思い出していた。