胸が、締めつけられるように痛い。なのに、涙はさっき一度こぼれてから、もう出てこなかった。

 ぐちゃぐちゃに混乱しているはずなのに、どこか頭だけは妙に冷静だった。冷静だからこそ、理解してしまった。

 信じてた。天喜のことを。
 理屈じゃなくて、きっとこの人は誠実な人なんだと、そう思いかけていた。

 それなのに——。

「……なんで?」

 誰に向けたわけでもなく、唇から言葉がこぼれ落ちた。ひとつきりの吐息のように、脆く、壊れそうな声だった。

 これまでに何度も思ってきたはずだ。
 人間(ひと)は信用できないって。心から信頼したら、いつか傷つく日がくる。きっと、私が過度に期待をしてしまうから……。

 だから、AIという機械相手に会話するぐらいがちょうどいいと思ってた。
 人間相手だと、勝手に裏切られたような気持ちになるって。そうわかってたはずなのに——。

 しばらく何も考えられず、その場に膝をついたまま座り込んでいた。

 玄関の方で物音がする。通路を駆ける子供の足音とドアに鍵を挿し込む金属音。「ただいま」と低い声が言い、それに続いて「ママーっ」と底抜けに明るい日葵の声が聞こえる。扉の向こうから自分を呼んでいる。

「あれー? ママいないよー?」
「そんなはずは……」