宝瑠は書類を見つめながら、しばし息を止めていた。自分が今、何を見ているのか、信じられなかった。

 坂井瑠奈って……あの(・・)、瑠奈?

「嘘でしょ……?」

 宝瑠の眉が頼りなく下がり、一度堪えた涙が熱を持って頬へと滴り落ちた。

 嘘……っ、なんで、瑠奈が……?

 記憶の彼方で彼女がのんびりとした調子で語りかける。

 ——「じゅえちゃん、もう来てるー」

 食の細い、パンばかり食べていた瑠奈。がりがりに痩せてるくせに、いつも少ししか食べなくて。ひと口の大きさが子供みたいだった。

 天喜が書いた手紙にある瑠奈は、坂井瑠奈?

 私が知っているあの子のこと……?

 じゃあ、瑠奈が……日葵の本当のお母さん?

「……ちょっと待って」

 理解が追いつかない。

 ということは。

 天喜は最初から、日葵の母親がだれなのか、わかってたってこと?

 以前聞いた天喜の声が、耳の奥で蘇る。

 ——「日葵の本当の母親。誰かわかんねーの」
 ——「多分、この世界のどっかにはいると思うよ……生きてると思う、日葵の母親」

 本当は最初から、知っていた。知っていて、うそぶいた。

 天喜は——私に嘘をついてた……。

 そう気づいた瞬間、宝瑠の手からふっと力が抜けた。だらりと落ちた手から、書類や手紙が無造作にこぼれ落ちた。掌はそのまま、床に触れたまま、微動だにせず固まっていた。

 息ができない。