「待ってください。さっき、廊下ですれ違いましたよね?」
「……え?」
「レミックスの社員さんでしょ? 俺が声かけたの、覚えてますよね?」

 宝瑠はおずおずと彼を見上げ、硬い表情で頷いた。160センチの宝瑠より、20センチほど背が高い。

 見ず知らずの男性へ、途端に警戒心が働いた。一度ならず二度までも、腕を掴まれた。

「離してください。これからクライアント先へ行かないといけないんです」

 Akiは動かない。目線だけで宝瑠を制するように、低い声で言った。

「……なら、逃げないと約束してください」
「……はい?」

 彼は冷静な顔つきで宝瑠をじっと見つめた。真正面から瞳を射抜かれ、再び心拍数が上がってくる。

 ……こんな時に何を考えているんだろう。途端に恥ずかしくなった。

 ビジュアルだけを見れば、Akiは宝瑠の好み、どストライクだった。イケメンすぎる——ふいにそんな考えが頭に浮かんだ。

 若干頬を赤らめながら、小さく頷く。

 Akiの手に解放された。

「断っといて今さら名刺ってのもダサいんですけど……一応、最低限の礼儀ってことで」

 彼の言葉を聞き、ああやっぱりと思ってしまう。

 佐伯の言ってたとおりだ。小野寺くん、交渉うまくいかなかったんだ……。

 Akiはポケットから二つ折りの黒い財布を出し、中から一枚の名刺を取り出した。