宝瑠はしゃがんだまま、呆然と動けずにいた。

 目の前の親子とは、間違いなく今日が初対面だ。少女の温もりにも、宝瑠にはまるで覚えがない。そして、その父親であるAkiも、知らない男性だ。

「ひま、泣いてたらお姉さんが困っちゃうよ?」

 彼はそう言いながら、少女に身を寄せ、ふわりと頭を撫でた。

「お姉さんじゃないもん、ママだもん!」

 少女は泣き顔のまま父親を見上げ、可愛らしく抗議する。

 ……ママ? いったい誰が……?

 宝瑠の胸に、違和感がじわりと広がった

「ひまがママのお顔をまちがえるわけないもん。ねぇパパ、ママでしょ? お顔がいっしょなんだよ?」

 父親は困ったように、ゆるく微笑み、「そうだね」と曖昧に肯定する。「おいで」と声をかけ、彼は少女を公園内へ誘導した。

「ひま、ママとちょっとだけお話するから。ブランコにでも乗ってきな? あとで声をかけるから」
「……わかった」

 親子の会話をぼんやりと聞き流しながら、宝瑠はようやく立ち上がった。

 腕時計に視線を落とす。

 時間はまだある。でも……。

 この親子と関わった瞬間から、何か大切な境界線が揺らいでしまったような気がして——曖昧な不安と切迫感が胸を締めつける。

 きっとあの少女は、なにか大きな勘違いをしているのだ。

 そう自分に言い聞かせた。足を動かそうとした瞬間、大きな手が宝瑠の右腕を掴んだ。

 ビクッと肩が震えた。