午前十時のオフィスはすでに戦場だった。

 営業戦略課のフロアには電話のコール音とキーボードを打ち込む音が飛び交い、社員たちの会話が混線する。

 四ノ宮(しのみや)宝瑠(じゅえる)は、スマートなパンツスーツ姿で次々と指示を飛ばしていた。

「山崎さん、ルアーナ社のプレゼン資料、十部コピーお願い。午後イチの会議に間に合わせて」
「はい! チーフ」
「田島くん、この企画書、悪くないんだけど……五ページ目のコピー、もっと引っかかりを意識して。競合との差別化が弱い」

 宝瑠(じゅえる)の声は冷静で無駄がなく、言葉選びにも一分の甘さがない。返事をした男性社員が引き下がる背を、チラッと一瞥するだけで、宝瑠はまた別の案件へと意識を切り替える。

「四ノ宮チーフ、光永社のタイアップ案ですが、競合が先に動いたみたいで」

 若手社員の声に、宝瑠は一度だけ目線を上げ、即座に状況を飲み込んだ。

「先方に“切り口変えます”って伝えて。B案に差し替える。コピー案もリライトして、三時までに再提出。できる?」
「了解です!」

 間髪入れずに頷いた若手が駆けていくのを確認してから、宝瑠は資料の山に手を伸ばした。

 宝瑠のデスクは、普段は整然としている。けれど今朝ばかりは、数件の企画が同時進行で走っており、提出待ちの紙資料がいくつも積まれていた。

 ペーパーレスの時代でも、企画書だけは紙が主流だ。赤入れは、タブレットより手書きの方が断然速い。