「ありがとう、天喜くん。私はね……坂井瑠奈」
「……え」
「天喜くんと会えて、嬉しかった」

　満面の笑顔で言う彼女、瑠奈を見つめ、天喜はいくらか虚をつかれた。

「昨日のことで……もし妊娠できたら。もう二度と死のうなんて考えない」
「……へえ、そうかよ」

　天喜は唇をひん曲げて、少し拗ねた態度を見せた。天喜の言葉に、瑠奈はただ静かに笑った。

「大丈夫。天喜くんには迷惑かけないから」

　そう言って瑠奈はドアを開けた。外の空気が、朝の匂いとともに車中に流れ込んだ。

「今日からは……自分の足で、ちゃんと歩いてみるね」

　バタンと助手席のドアが閉められる。

　天喜は思わず呼吸を止めていた。彼女の後ろ姿を見つめながら、心のどこかがじんと熱を帯びていく。

　この子はもう、ただの迷子じゃないんだな。

　誰かの庇護の下で守られるだけの存在じゃない。瑠奈は、壊されそうになった場所から、自分の意志で立ち上がろうとしている。

　ほんの昨日までは「死にたい」と言っていた少女が、今は「生きていこう」としている。その事実に、天喜は胸の奥を刺されたような気がした。

　天喜は小さく笑い、窓を下ろした。「瑠奈」と初めて名前で呼んでみる。

「道に迷ったら、また俺のとこ来いよ」

　瑠奈は驚いたように振り返り、そして小さく、泣きそうな顔で笑った。