「い、今のなに? 四ノ宮」

 あとに残された二人の間に、微妙な空気が漂った。

 宝瑠は青ざめた表情で口元を緩め、ぎこちなく首を傾げた。

 唇がぶるぶると震えた。しらばっくれるにしても限度がある。小野寺になにをどう説明したらいいのか、わからなかった。

 いったいなにを考えているのだ、あの男は。

「あのさ。今日が初対面だと思ってたけど……違ったんだ?」

 そうも尋ねられ、宝瑠は俯きがちに頷いた。

 小野寺は書類の束をひとまとめにし、Akiのサインに目を落とした。『久々津天喜』とフルネームが書かれている。先ほどの会話から推測し、「まさか、だけど」と小野寺が声を詰まらせた。

「一緒に住んでる、とか?」

 宝瑠は瞳を左右に泳がせ、仕方なく頷いた。「えっ」と小野寺が息を呑む。

「嘘だろ……?」

 見開いた瞳で宝瑠を見ていた。

「久々津さん……素性隠して活動してるから。私と知り合いなの、バレたくないと思ってて。だからほんとに……小野寺くんを騙すつもりは、全く」

 宝瑠は堅い声を出し、久々津が置いていったランチバックを引き寄せた。

「ていうかさ……」と小野寺が渇いた声で続けた。

「今回Akiがオーケーしたのって。四ノ宮が根回ししたから……だったりする?」
「……あっ、いや、そんなんじゃ」