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 午後イチの会議に向かうため、宝瑠は資料を挟んだファイルを抱えて廊下を歩いていた。部下の若手社員、佐伯が、会議の要点を尋ねてくるので、ポイントごとに押さえながら説明し、歩いていた。

 そのとき、ふと視線を感じて顔を上げる。向こうから歩いてくる男と視線がぶつかったような気がして、宝瑠もその彼を見つめ返した。

 白いカットソーに黒い薄手のロングカーディガンを羽織り、グレーのワイドパンツを穿いている。顔には黒っぽいサングラス。ところどころにハイライトを入れたウルフスタイルの髪はやや長めで、襟足はひとつに括れそうだ。

 明らかに社員とは思えない、浮いた存在感。すれ違いざま、その男がぴたりと足を止めた。

 なぜかはわからない。ふいに男の手がこちらへ伸び、宝瑠の右腕をグッと掴んだ。

 ——え。

 男の目がサングラス越しに透けて見えた。二重のまぶたが陰をつくり、その奥に覗く黒目は、静かな熱を湛えている。冷めているのに、どこか艶っぽい。

 まるで、心の奥まで見透かすような眼差しだった。

 突然のことに息を呑み、宝瑠は戸惑いから眉根を下げた。心臓がドキドキと脈を早めている。

「失礼」

 低く淡々とした声が囁く。

「……知り合いによく似ていたもので」

 男はそれだけ言うと、何事もなかったように宝瑠の腕を離し、歩き去った。